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モンモラシーは、朝一番でギーシュのお見舞いへと来ていた。 友人には、二股していた奴に、よく会いに行けるわねぇ、と言われたが、仕方ない。 ――――――だって、好きなのだから。 あの浮気性は困り者だが、それさえ無ければ、お調子者で女の子に優しくてキザでドットで………… ………………・・・せめて、浮気性ぐらい秘薬で治しておくべきか。 そういえば、惚れ薬なんて言うのもあったわねぇ、とか考えていると、医務室の前に辿りついた。 でも、なんというか、様子がおかしい。 朝一番と言ったが、空はまだ薄暗い。 だと言うのに、扉が僅かに開いている医務室から話し声が聞こえてくる。 なんだろうと思い、僅かな隙間をそっと広げて中を窺ってみると、そこにはコルベールとロングビルの姿があった。 そして、その二人が囲っているベッドの上には――― 「ギーシュ!!」 扉を勢い良く開け放ち、ベッドの上に居るギーシュへと呼びかける。 コルベールとロングビルは、唐突に響いた大声に、驚いたような表情でモンモラシーを見たが、彼女にそんな事は関係ない。 「あぁ、ギーシュ、ギーシュ! 心配したのよ、私。でも、良かった。なんともないようで……ギーシュ?」 なんというか違和感がある。 目をぼんやりと開けたままのギーシュは、あぅあぅと呟いて、中空を見つめているだけで、自分に対してまったく反応してこない。 「ねぇ、ギーシュ、どうしたのよ、ねぇ、ちょっと、ふざけないで、どうして、ねぇ お願い、返事を、返事をしてよ、ギーシュ!!」 モンモラシーの悲痛な叫びが、早朝の学園に響き渡った。 水差しを洗いに行って戻ってくる途中であったメイドは、その声に、くすりと笑みを溢した。 今朝の目覚めは、ルイズにとって最高であった。 何時も自分で取っていた服が、杖を振るだけで手元へとやってくる。 そんな、メイジにとっての当たり前が、ルイズにとっては、とてつもなく嬉しかった。 そのまま、気分良く着替えていた所で、机の上に置かれている手紙に気が付く。 「ホワイトスネイク」 「ナンダ?」 「これ何?」 ホワイトスネイクの返答は、夜中に扉の下から挿し込まれたらしい。 中を開いて見ると達筆な字で、ルイズが起こした決闘騒ぎの罰が書いてあった。 あの時、オスマンが言ったように、ルイズは謹慎一週間で決定の印が押されていた。 「一週間……暇になったわねぇ……」 この決定にルイズは対して、不満を持っていなかった。 何せ、罪を犯したのは事実なのだから。 その罪と言うのは、勿論、禁止された決闘を行ったことであって、ギーシュから才能を奪って殺害寸前まで追い込んだのは、彼女の中では罪ではなく、ギーシュに対する報いであったのは説明するまでもないが。 「まぁいいわ、あの平民の様子も見に行きたかったし……」 自分の使い魔のルーンをDISCとして差し込まれている、あの少年。 あの時の速さは、通常時のホワイトスネイクを遥かに上回る速度であった。 「使い魔は、もう居るし……無難な所で使用人って所かしら…… 執事って程に落ち着いた様子は無かったし、ん~」 少年を自分専用の護衛として雇う気満々のルイズは、どんな肩書きが少年に合うのか、 じっくりと考えながら医務室まで歩き始めた。 部屋を出て、医務室のある学園の方に行く為の螺旋階段を下りる時、見慣れた赤毛がルイズの目に留まる。 「あっ……」 キュルケはルイズを見つけた瞬間に、元々俯いていたその顔を、さらに俯かせた。 だが、すぐに顔を上げて何時ものように、色気を帯びた笑みを浮かべてルイズに手を振った。 「ルイズ、元気? 昨日は大変だったみたいねぇ! で、どうなの? 噂では、ギーシュの魔法を使えるようになったとか、言われてたけど どうなのよぉ、そこんところは」 明るく振舞うキュルケに、ルイズは煩そうに顔を顰め、腕を軽く振るう。 伸びる腕 押さえつける手 押し付けられる身体 ホワイトスネイクがキュルケの身体を、杖を抜く暇も与えずに、壁に押し付けたのだ。 呆然とするキュルケにルイズは、グイッと顔を近づける。 目を逸らす事も許さない。 強い視線でキュルケの目を見据えながら、ルイズの口が開く。 「良い、よーく聞きなさいよ。 私は、これから医務室に行くの、用事があるからね。 あんたの相手は、その後。精々、魔法を扱える最後の時間を楽しんでおきなさい」 そう言ってルイズは、壁にキュルケを押し付けていたホワイトスネイクを消し、そのまま螺旋階段を下る。 これ以上、言葉を交わす気の無い事を態度と行動で示されたキュルケは、そのままの体勢で赤髪を揺らし、耐え切れぬように叫ぶ。 「ねぇ、ルイズ、何が、何が、貴方をそこまで変えてしまったの? それは、私? 私が原因の事で、貴方は変わったの!?」 キュルケの慟哭にルイズは首を振るう。 変わった……? 違う、私は手段を手に入れただけに過ぎない。 人間とは、泡のようなものだ。 小さな気泡の人間も居れば、大きな気泡の人間も居る。 気泡を大量に持つ人間も居れば、一つしか持たない人間も居る。 千差万別の大きさと数がある気泡達だが、共通している事が二つある。 それは、その気泡の中に入ってるモノが感情であると言う事と もう一つ、その気泡は『起爆剤』さえ見つけてしまえば、理屈も何も無く、破裂してしまう事だ。 そして破裂した泡は、中に溜められていた感情を噴出す。 噴出された感情は、周囲に何があろうと、その発散を止められない。 いや、割れた当人にとっては、止める気もしないだろう。 ルイズは、今、まさにその状態だ。 魔法を奪うと言う、完璧な『起爆剤』を見つけてしまったルイズは、 16年間溜め続けた、使えない者として泡を破裂させてしまった。 記憶の積み重ねが人間であると、ホワイトネスイクは自らの主に言っていた。 ならば、この鬱積した感情もまた、ルイズと言う人間を形作る重要な因子なのである。 例え、その中の感情がドロドロに溶け合った黒であったとしても、だ。 「ルイズ……」 どうすれば、どうすれば、あの少女は、元の意地っ張りだけど、自分に正直な少女に戻ってくれるのか。 考えても、考えても、キュルケの頭には、何も浮かんでこなかった。 そんな親友の苦悩を、螺旋階段の一番上で眼鏡を掛けた少女は静かに見つめていた。 医務室に行って、ルイズが最初に目にした光景は、黒髪のメイドが真っ赤になって使用人になる予定の少年の身体を拭いている場面であった。 「………………」 「………………」 少し血走った目で、半裸の少年の世話をしているメイドもそうであるが、 初めて同年代の異性の身体を直接見たルイズも、時が止まってしまっている。 別に何も後ろめたい事は無い。 シエスタはシエスタで、自分を助けてくれた才人の身体を拭いていただけであるし、ルイズも、ただ医務室の扉を開けただけだ。 だと言うのに静止時間は、こくこくと過ぎていく。 永劫に続くかと言うような、その静止時間は、ブッチギリで10秒を越えた時に少年から漏れた僅かな呻き声で、ようやく進み始めた。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのですね! これは、これはその……汗を拭いてあげてるだけでして!」 「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そのぐらい分かってるわよ! べ、別に変な勘違いとか、その、初めて男の子の裸を見たから動揺とか、してないからね!!」 二人して吃って真っ赤な顔をしているその様は、傍から見るととてつもなく変な光景であった。 「そ、そ、そ、そうですよね! 怪我人の身体を拭いてたぐらいで勘違いなんてしませんよね!」 「も、も、も、勿論じゃない! か、勘違いなんて、そ、そんなものしないに決まってるじゃない!」 あはは、と乾いた笑い声を出すシエスタに、ルイズはなんとか平常心を取り戻そうと、息を吸ったり吐いたりしながら、備え付けの椅子へと座る。 ―――私は冷静、私は冷静、私は冷静――― なんとか頭から先程の光景を消そうと試みるが、基本的に箱入りで異性の裸に免疫が無いルイズにとって、それは至難の業である。と言うか、成功なんてするはずも無い。 シエスタはシエスタで、ようやく落ち着いたのか、また才人の身体を拭く作業を再開させている。 両人共、耳まで真っ赤に染めあげ、まるで熟れたトマトのようだ。 ――― ―――――― ――――――――― 幾許かの時が過ぎて、ようやく丁寧すぎる作業が終わったシエスタは、脱がせた才人の服を着せ始める。 かなり長い時間を掛け、若干の平常心を取り戻したルイズは窓の外を見ながら、作業を終えたシエスタに声を掛けた。 「ねぇ……そいつってさ、なんであんなのと決闘したの?」 「それは……私の所為なんです」 そういえば決闘してたのを手助けしただけで、理由までは知らない。 あの時、広場に一緒に居たこのメイドならば知っているのでは無いかと聞いてみると、ある意味、予想通りの答えが返ってきた。 (ふぅん……やっぱりね) 一緒に居たのだから無関係では無いと睨んでいたが、案の定である。 続く、シエスタの言葉で、あの時の詳細を知る。 どうやら、最初の発端は、シエスタがギーシュの香水の瓶を拾わなかったのが原因らしい。 それが元で、二股がバレてその八つ当たりに晒されていたのを、 才人が庇い、そんな才人の態度にますます腹を立てたギーシュが決闘を申し込んだらしい。 「ふん……馬鹿ね」 「確かに平民が貴族に歯向かうなんて馬鹿かも知れませんけど、才人さんは!!」 恩人が侮辱されたと思い、声を荒げるシエスタにルイズは違う違う、と手を振り、 溜め息を吐きながら、自分の言葉が誰に対するモノなのかを明確にする。 「私が馬鹿って言ったのは、ギーシュ……決闘を申し込んだ貴族の方よ。 あんた、落ちてた香水の瓶には気付いて無かったんでしょ? それなのに、責任を追及するなんて馬鹿げてるわ。 おまけに、二人の名誉が傷付けられた? 傷付けたのは誰よ? 少なくとも、あんたやそいつじゃあ無いわね」 フンッ、と鼻を鳴らし不機嫌に呟くルイズに、シエスタは、この人は普通の貴族じゃあ無いみたいと心の中で呟く。 彼女の中の貴族とは、平民に対しての配慮など、まったくしない。 そういう思考回路が最初から存在していないのだ。 だと言うのに、選民思想で凝り固まった今の貴族にしては珍しく、この少女は、もしかして、平民を人間として見ているのでは無いか、とシエスタは思ったが―――――― 「話を聞く限り、やっぱりあいつは貴族として失格ね。力を奪って正解だったわ。 あんなのが、私と“同じ”貴族だったと思うと反吐が出るわ」 その言葉に、シエスタはやっぱり違う、とルイズに聞こえぬように呟いた。 この少女は、心の底まで貴族で出来ている。 確かに、今の彼女には、無実の者に罪を擦りつけられた事に対する怒りもあるが、それ以上に、 『貴族』と言う名を持った者が、無実の者に罪を擦りつけ『貴族』の名に泥を塗った事に対しての怒りの方が占めるベクトルが大きいのだ。 才人に対し、治療費を出してくれた事などから、平民に対しての理解はあるらしいが、それも上の立場から見た者の理解である。 対等とは程遠い。 そう思うと、才人や自分を昨日、ここに運んでくれた事や、秘薬の代金を全額負担してくれた事に対する有り難みの気持ちが薄れていくのをシエスタは感じていた。 「ところで、今日はどのような用事でここに来られたのですか?」 なんとなく突き放したような感じの言葉を吐いてしまった自分に、心の中で失敗した、と思ったが、言ってしまった言葉は戻らない。 相手も、言葉に含められていたニュアンスに気が付き、目を鋭くさせたが、まぁいいわ、と呟いて、すぐにその鋭さを取り払った。 「そいつの様子を見に来たんだけど……まだ、目覚めてないみたいね」 「治療をしてくださった方のお話では、もう目覚めても良いとの事ですが……」 磨耗した精神が休息を欲しているのか、それとも、もっと別の要因なのか。 「目覚めても良いって事は、もう治療は終わってるのよね?」 「えぇ、治療自体は昨日、全て終わっていますけど」 「なら……問題は無いわね」 シエスタの言葉に、ルイズはホワイトスネイクを出現させる。 唐突に現れたホワイトスネイクに、シエスタは驚愕の表情を浮かべていたが、ホワイトスネイクが現れた事は、さらなる驚愕への布石であった。 「ホワイトスネイク、あいつを起こしなさい」 命令が下されると同時に、ホワイトスネイクの手にDISCが出現する。 それを寝ている才人の頭に差し込んだ。 「何をしてるんですか!?」 「『覚醒』のDISCよ。 どれだけ深い眠りだろうが、DISCの命令には逆らえない」 自慢げに説明するルイズの目の前で、ベッドの上に寝かされていた才人の身体が震える。 「うぅ……うぅん……」 そして、DISCを差し込んでから僅か三秒 上半身を起こして、間の抜けた欠伸を才人は披露した。 そこは、ハルケギニアではなく、もっと、もっと遠く、そして辿りつけない世界。 知る者が語れば、悪鬼の巣窟とも、この世の天国とも答えるその場所は秋葉原と言う、日本と言う国の電気街であった。 その街の一角の、古ぼけた店に修理を頼んでいたパソコンを取りに来た才人は、突然の事態に目を丸くしていた。 なんというか、気が付いたら皆、全裸なのだ。 下着一枚身に着けていない通行人達を見て、才人は一瞬、ぽかーん、と大口を開けていたが、 すぐに自分も服を着ていない事に気が付いた。 何が起こったのか分からないが、このままでは警察に捕まると、凄まじい勢いで才人が服を着終わる頃に、街を歩いていた通行人達も、この不可解な現象に叫び声を上げ始めていた。 とりあえず、面倒になるのは嫌だったので、早足でその場を立ち去る。 預けていたパソコンを回収することも忘れて、駅へと向かった。 とりあえずは、家へと帰ろう。 そう思い、駅への近道である路地裏を通ろうとした時に『ソレ』は現れた。 自分の身長以上もある鏡。 これは、なんだろうか? 疑問に思った才人は、石を投げ込んでみたり、家の鍵を差し込んでみたりと色々試した挙句に、結局、その中に入る事にした。 中に何が待ち受けているのか、才人は分からなかったが、何故だか分からない予感だけは存在した。 多分、この鏡を通過したら、自分は『別の世界』に行くのでは無いかと言う予感が…… そうだ……それで俺は…… その予感の通りに月が二つある異世界に来てしまったのだ。 始めは、この突飛な事に、才人は驚いた。 驚いたが『絶望』はしなかった。 何故だか分からない世界で、一人だけだと言う事実すら『絶望』を才人に与える事は出来なかった。 何故なら、そういう予感があり、こうなると言う『覚悟』を才人は無意識に持っていたからだ。 そうして、自分はシエスタと出会って……それから…… あの桃色の髪の少女と、出会ったのだ。 「ふぁぁぁぁぁ……ん」 ピキピキと起きたばかりの筋肉が張る音を、ぼんやりと才人は聞きながら、大きな欠伸をした。 なんというか、もの凄く目覚めが良い。 十時間以上グッスリ眠った後の目覚めも、ここまで爽快感を与えてはくれないだろう。 そんな事を、つらつらと考えていると、急にベッドに押し倒された。 「にぇ、にゃんだ!?」 回らない舌で、叫んだ声は自分で聞いても酷く間抜けで泣きたくなったが、 それよりも、今、自分に抱きついてきてる者の方へと意識がいく。 「良かった……良かった……才人さん、本当に、良かった……」 抱きついてきた少女は、泣きながら才人の覚醒を喜び、その胸の中で、彼の暖かさを感じていた。 「ごめん……心配掛けた……」 泣いている少女を安心させる為に、才人も確りとその細い身体を抱きしめる。 二人がお互いの体温を感じている中、ルイズだけが不機嫌そうにその光景を眺めていた。 「ちょっと」 一分か二分か、まぁ、ともかく時間が暫く経過すると、ルイズは、とうとう我慢しきれずに声を掛けた。 その声に、才人は、うわわわわぁ、とあからさまにうろたえて、シエスタは、と言うと、なんだか物凄い目でルイズを見てきた。 その目は明らかに、空気を読んでくださいと言っていたが、あえて無視する。 「あんた!」 「はい、なんでしょうか!」 ルイズの怒声に、才人は、これは逆らうとマズいなと感じて、思わず敬語で返答する。 と言うか、さっきから予感が訴えてくる。 これから、この少女に扱き使われると言う、あまりにも叶って欲しくない予感が…… 「あんたを、これから私専属の使用人に任命するわ。 この私の世話が出来るのよ、ありがたく思いなさいよ」 「なっ! どっ、どういう事ですか!?」 桃色の少女の言葉に、シエスタが噛み付いているが、才人は、多分、少女の言った通りになる事を感じていた。 (『覚悟』はあった……『覚悟』はあったけど、正直、泣きてぇよなぁ……) これから起こるであろう苦難の道の『予感』に、才人は溜め息しかでなかった。 アルヴィーズの食堂での豪勢な昼食を前にして、キュルケは昨日と今朝のルイズの様子を思い出してブルーになっていた。 そんなキュルケの隣には、目の前の料理をパクパクモグモグハグハグと次々に胃袋へと収める暴食魔人が座っている。 「ねぇ……タバサ」 そんな暴飲暴食娘に、キュルケは声を掛ける。 何時もの彼女らしくなく、とても弱々しい声。 「どうして……ルイズは……」 その先は続かなかった。キュルケは、言葉を詰まらせ、テーブルの上に載っていたワインを呷る。 タバサは、ルイズの事を魔法が使えないメイジであり、それを理由に周囲から苛められていたぐらいのことしか知らない。 だから、ルイズの事は『危険』だと認識していた。 虐げられていた者の所へ、虐げていた者達に復讐するだけの力が手に入ったなら、 どんな聖人や天使だろうと、その力を振るう。 何故なら、そういう者達は信じているからだ。 虐げられている自分達の事を助けてくれる何かが、何時か、きっと自分達を救ってくれると。 タバサ自身、そんなものに一片の希望すら持っていないが、心の底ではもしかしてと思っている。 もし、あの使い魔を召喚したのが自分であるならば…… 自分は、何の疑問も抱かずに祖国へと戻り、あの男を―――――― そこまで考え、タバサは首を振るう。 本筋から話が逸れている。 今は、そんなIFを考えている暇では無い。 おくびにも出していなかったが、タバサは昨日からキュルケの護衛をしている。 もしも、自分がルイズであるならば、仇敵の家柄であり、尚且つ、自分に対してからかいの言葉を毎日掛けてきたキュルケを狙いに来るだろうと考えたからだ。 キュルケ自身、あのからかいの言葉にそこまでの意味を見出していなかったが、あの言葉はルイズの自尊心を傷付けるのに、十分な威力を持っていた。 そんな言葉を毎日のように掛けていたのだ。殺意を抱かれる恐れは多いにある。 と言うか、今朝の言葉からして、ルイズがキュルケに対して殺る気満々なのは、疑う余地も無かった。 「そういえば……今朝から、モンモラシーを見ていないわね……タバサ、知ってる?」 話題を変えよう、別の娘の話を振ってきたが、振ってから、 キュルケはモンモラシーがギーシュの恋人である事を思い出した。 恋人が突然、メイジでは無くなったのだ。 かなりショッキングな出来事だったのだろう。 「ちょっと、様子でも見に行こうかしらね……」 心配そうに立ち上がるキュルケの手を掴み、そのまま椅子へ座らせる。 困ったような顔をしているキュルケに、皿一杯に盛られた料理を差し出す。 「今は、良いわよ。食べる気分じゃないから」 「そう言って、昨日の夜から何も食べていない。 おまけに目の下にクマも出来ている」 その言葉に、慌てて手鏡を取り出して目の下を確かめるキュルケにタバサは、ゆっくりと声を掛ける。 「大丈夫、彼女の様子は私が見に行く。 だから、貴方は食事をして、部屋で休むべき」 「別に大丈夫よ。 今はダイエット中だし、それにこのクマも、大したことじゃあ無いわ。だから―――」 「―――お願い」 休むように懇願するタバサの姿に、キュルケは溜め息を吐いて、わかったわ、と呟いた。 それに満足したタバサは、モンモラシーの様子を見に行く為に食堂を後にする。 勿論、自分の代わりの護衛を用意するのも忘れない。 タバサが居なくなった後の食堂では、変なテンションの青髪メイドが、キュルケの口に無理矢理食事を運ぶと言う珍妙な光景が見られたとか。 「あの……シエスタ」 「………………」 「その、怒ってるのは分かるよ、けどさ……」 「………………」 「話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃないのかなぁと、ぼかぁ思うんですけど……」 「………………」 現在の時刻は夕刻。 朱色の空と二つの月が合わさって、絶景を作り上げていたが、そんな事を気にしている暇では無かった。 私……怒ってます。物凄く怒っています。 そんな、怒ってますオーラを身に纏って才人の事を無視するシエスタに、正直、才人はビビッていた。 ルイズが宣言した使用人になれ、と言う発言に、猛然と噛み付いたシエスタだったが、他ならぬ才人自身が、別に構わない、と言ってしまったので、どうにもならなくなってしまったのだ。 そんな訳で、晴れて才人はルイズの使用人となってしまった訳であるが、それも明日からの話だ。 別に才人としては今日からでも良かったのだが、幾ら秘薬で治療したと言っても、怪我をしてから一日しか経っていない。 万が一と言う事もあるので、シエスタの提案で今日も医務室で夜を過ごす事となったのである。 しかし―――――― 「おーい、シエスタ。あの、マジでそろそろ限界なんだけど、あの降りていいかな?」 昨日の昼から気絶していた才人は、当然の如く尿意を催しており、 その排泄をしようとベッドから立ち上がろうとすると、シエスタが無言で止めてくる。 その目は、怪我人ですからベッドから立つなんてとんでもございません、と告げていたが、 はっきり言って、シエスタのお仕置きであるのは疑うまで無い。 使用人のピンチだと言うのに、姿の見えないルイズは、昼頃までここで話し込んでから姿を消している。 と言う事で、現在、医務室には才人とシエスタしかおらず、シエスタに完全にビビッている才人にとっては動くに動けない状況なのだ。 「あの~、シエスタさん。本当、本当、ちょっと、トイレに行くだけですから、勘弁してください、お願いします」 涙目で訴えてくる才人に、シエスタも限界であることをようやく悟り、無言だった口から、 久方ぶりに、仕方ありませんね、と発音が聞こえる。 やった! と叫びのをグッと堪えた才人が、ベッドから降りようとすると、シエスタが手で静止してくる。 あれ、許可してくれたんじゃないの? 「はい……才人さんは怪我人ですから、怪我人の方のトイレは“コレ”ですよね?」 シエスタの手に微妙に黄色い尿瓶が握られているのを見た才人は――――――泣いた。 同時刻 静寂が支配する部屋の中で、赤色の明りに照らされたキュルケは俯いてベッドに座っていた。 夕焼けの赤と地の赤で、彩色された髪で隠れた顔には、 普段の彼女ならば絶対にするはずの無い愁いの表情を張り付かせている。 「……ルイズ……」 何処か、遠くへと行ってしまった友人の名を呼ぶように、意地っ張りで素直では無い桃色の少女の名を呼ぶ。 返答など期待していない。 喪失感を紛らわす為だけに発した、その言葉に――― 「なぁに……キュルケ?」 ―――反応したのは、血の様に赤い空と二つの月を背にする漆黒のローブを羽織る少女であった。 氷柱を背中に突っ込まれたような気分だ。 自分一人だけしか存在していなかった部屋に、物音一つ立てずに、この少女は現れた。 息が……苦しい。 ルイズの放つ威圧感に、キュルケは呼吸すら忘れてしまっていた。 「ねぇ……何か用なの? せっかく、私が足を運んできたのだから、面白い話題なんでしょうねぇ?」 ケラケラと童女のように笑うルイズは、なんというか、言い知れぬ不気味さと人を惹きつける魅力を身に纏っている。 ―――違う こいつは、こんなのはルイズじゃあない。 自分の知っているルイズは、あんな化け物みたいな笑い方はしないっ! 「貴方……誰? どうして、ルイズの姿をしているの!?」 敵意を込めた視線に、ルイズは、フンッ、と鼻を鳴らし、右手を掲げる。 瞬間、ホワイトスネイクが背後からキュルケの頭を一文字に薙ぎ払い、DISCを奪い取った。 込み上げる喪失感に泣きそうになるのを我慢しながら、キュルケはルイズを睨むのを止めない。 その様子に、使い魔から渡されたDISCを頭に差し込んだルイズは口を開く。 「一体、何を言っているのか、さっぱり分からないけど、私は私よ。 他の誰でも、他の何者でも無いわ」 淀みなく答えるその言葉に、キュルケは首を振る、違う、と 「私の知っているルイズは、我慢が出来なくて、すぐになんでも癇癪を起こすけど、それでもこんな事をする娘じゃあ無かった! 他人から力を奪うような娘じゃあ、絶対に無かったわ!!」 我慢していたはずの涙が流れているのを、キュルケは気が付かなかった。 18年間共に歩んできた才能を奪われたのだ。無理も無い。 しかし、今、ここでその悲しみに泣き崩れていたら、もっと大切なモノを失ってしまう。 「ねぇ……ルイズ、もう止めましょう。 奪った才能を返して、また何時ものように一緒に学びましょう? そうして、他人から奪った才能なんかじゃあ無くて、貴方自身の才能を育てて行けば良いじゃない……」 「………………」 「こんな事をしたって根本的な解決にはならないわ。 ねぇ、お願いよ、ルイズ。何時もの優しい貴方に戻って。 努力家で、意地っ張りで、誇り高い貴方に―――」 「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」 髪を振り回し、取り乱したように叫ぶルイズに、キュルケは近づこうとするが、動いた瞬間、ホワイトスネイクに床に叩きつけられた。 「がはっ―――!」 肺の中から追い出された空気が、口から漏れる音を自身で聞いたキュルケは、それでもルイズに言葉を掛け続ける。 今なら、先程のような余裕を持っていない今ならば、自分の言葉もルイズに届くはずだ。 いや、届かせなければならない。 「こんな……こんな力に振り回されるのは貴方じゃあ無い! 今の貴方は、この使い魔の力に酔っているだけ! お願い! 正気に戻って! ルイズ!!!」 最後の言葉を吐き出したと同時に、キュルケの口から血が噴出す。 上から踏みつけてくるホワイトスネイクに、何処か、生きるのに重要な器官が潰されたのかも知れないが、それでも止める訳にはいかない。 大切な、友達を助ける為に…… 「ルイズ……」 「うるさいって言ってるでしょ! 戻れですって!? あの魔法を使えず、侮辱され続け、屈辱を投げつけられていたアレに!? 冗談じゃない! 私は戻らない! あんな! あんな! 最低の場所に戻るなんて絶対イヤ! 酔っているだけ? 違う! 私は『使いこなしている』だけ! この力で、貴方達を、私を『ゼロ』と馬鹿にした連中全てを、私は―――!!」 感情のままに吐露するルイズの言葉を、キュルケは遮ろうとするが、それはまったく別の形で中断された。 窓側の壁全てが、一瞬にして破壊されたのだ。 見晴らしの良くなった部屋の中で、乱れた髪を気にも留めずに、ルイズは壁を壊した闖入者へと目を向ける。 蒼い髪に眼鏡を掛けたその少女は、ウィンドドラゴンの幼体の上に立ち、 その身体に似合わぬ大きな杖を、迷い無くルイズへと向けていた。 「二度目よ……貴方が、私の邪魔をするのは……」 ポキリと散らばった廃材を踏みつけ、ルイズはドラゴンへと一歩踏み出す。 キュルケを踏みつけていたはずのホワイトスネイクも、その後に続いていく。 「貴方……『覚悟』はしているのでしょうねぇ 人の邪魔をするって事は、排除されるかも知れないって言う『覚悟』を」 淡々と語るルイズに、タバサは僅かに口を開く。 「昼間……モンモラシーとギーシュに会った……」 「何を言っているの?」 ルイズは、疑問符を頭の上に浮かべていた。 何故、ここでギーシュの話題なのか。 この眼鏡の娘は、ギーシュと何か親密な中で、その為、邪魔をしているとでも良いたいのだろうか? そんなルイズの困惑を余所にタバサは言葉を続けた。 「彼は……壊れていた。心も、記憶も……何もかも」 それは、無感動な彼女にしては珍しく、誰が聞いても怒っていると分かる、静かな怒声であった。 それが異常な事だと分かったのは、倒れているキュルケだけで、普段のタバサを知らないルイズは、ただ、壊れたの、と詰まらなそうに呟く。 「情けないわね……私は、16年間、魔法を使えない事に耐えてきたのに。 一晩も耐えられないなんて……貧弱ね」 蔑むような声色を発した、その『敵』へ、タバサは呪文を紡ぐ。 ウィンディ・アイシクル タバサの最も得意とする、トライアングルスペルの一つだ。 「へぇ……」 感心したようなルイズの声に、タバサによって作り上げられた氷の矢が、一斉に襲い掛かる―――が 「ウオシャアアアアアアアアアア!!」 ホワイトスネイクの烈火の如き叫び共に繰り出された拳で、全て叩き落された。 「―――ッ!」 あの使い魔が有能な事は、能力から見て推測出来たが、まさかここまでとはタバサも思っていなかった。 しかも、氷の矢を真正面から叩き壊したと言うのに、ホワイトスネイクの両手には傷一つ存在していない。 辛い、戦いになる。 シルフィードの背中の上で、次なる呪文を紡ぐタバサは、これまでの戦いの中で最も困難な事になるであろう事を感じていた。 一方、ルイズも内心は焦りを持っていた。 ホワイトスネイクは有能だ。 本体の性能も言わずもがな、その能力は、使い方さえ考えれば、最強の盾にもなり、矛にもなる。 が、射程距離の内部であるのならばの話だ。 ルイズにとっての一番の問題は、どうやって空を飛ぶ敵に近づくのか、だ。 今奪ったばかりの魔法で叩き落すと言う選択肢もあるが、今の一撃から、魔法の技量は、今まで奪った二枚のDISCの中に記憶されているモノよりも、遥かに上であることが理解できる。 そんな相手に、地面から相手よりも下手な魔法を撃った所で、通用するはずも無い。 長期戦になれば、人が来る。 否、もうすでに壁の破壊音に気が付いて、宿直の教師が近づいてきているかも知れない。 となると、ここは出し惜しみ無しで、ホワイトスネイクを至近距離まで近づかせ、短期決戦で勝負をつける。 奪ったDISCの中で使えそうな呪文を全て引っ張り出しながら、ルイズは、敵意を剥き出しにして、タバサを睨みつけた。 そんな二人が激突するのを見ている事しか出来ないキュルケは、満足に呼吸が出来なくなった身体で、静かに立ち上がった。 もうすでに戦いの場は、キュルケの部屋から移り変わり、二つの月が浮かぶ空が、戦闘の場となっている。 「何故……」 どうして二人が戦わなければならないのか。 どうして私は、二人を止める事が出来ないのか。 キュルケは悔しくて堪らなかった。 そんな彼女の足元に、きゅるきゅると鳴きながら、今まで部屋の隅で震えていたフレイムが擦り寄ってくる。 口元を紅く染める主人を心配するようなフレイムに、キュルケは大丈夫と告げると、動くだけで激痛を訴える身体に鞭を打ち、二人の後を追っていった。 第3.5話 戻る 第五話
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開け放たれた窓からの緩やかな風と暖かい陽射しに、清潔な白のカーテンが揺れる医務室で、一人の少女がベッドの上で眠っている。 少女の名はルイズ。 目を瞑り、規則正しい寝息を立てるその姿は、ピスクドール人形を思わせる程に可憐で、両手両足に巻かれた痛々しい包帯も、その可憐さを引き立てるアクセントにしかならない。 欠けたモノ程、美しい。 誰が言ったかその言葉は、心底、美しさと言う概念を理解したモノの言葉であろう。 万人が納得する美しさなど存在しない。 一人一人が己が内に秘めた美しさこそが、何よりも自身の心を揺さぶる衝撃となる。 その衝撃を与える為にはどうすれば良いのか? 簡単な事である。非常に簡単で尚且つ、誰にでも行う事が出来るその方法とは、完成させないことだ。 一つの終着点に辿り着いてしまえば、それ以上の上を想像しない人間と言う生き物を満足させるには、完成させずに、己が頭の内で先を想像させるのが、一番、誰もが納得できる美しさを作り出す事が出来るであろう。 そして、その例で言うならば、このベッドで寝ている可憐さと包帯による痛々しさを併せ持つ、この少女は、現在、意識が無いと言う未完成さを持ち、故に、誰もが息を呑む程の美しさを手に入れているのだ。 それは、泡沫の夢に似た幻影の美。 目覚めてしまえば、意識を取り戻してしまえば崩れてしまう、時間制限付きの絵画。 その、およそ美術品としては向かないが、瞬間の美としては合格点をブッチギリで越えたこの少女に、目を奪われてしまった少年が居た。 平賀才人。 異世界に来てから一週間と少しで、ルイズの付きの使用人にされてしまった、薄幸少年である。 ごくり、と生唾を嚥下しながら、使用人としての仕事である、少女の包帯を取り替える。 すでに、少女が意識を失ってから丸一日が経っている。 治療の際に使われた包帯は、外からは見えないが、内は傷口から滲み出た血でどす黒く変色している。 それを、ゆっくりと解いて、まずは傷口に貼られているどす黒いの布切れを剥がす。 乾いた血のペリペリとした剥脱音が耳に痛い中、少女の顔が痛みの所為か曇ってしまう。 その事を残念に思いながら、才人は新しい布をまだ血が滲んでいる傷口に宛がう。 治療してくれた長い髭の爺さんが言うには、完全に治療するには学園にある秘薬だけでは足らず、 自分の時のように完全に怪我が完治している訳では無いらしい。 そんな訳で、完全に皮膚が再構築されていない箇所も、少女の足や腕にちらほらある。 流石に胴体の怪我は、優先的に治療された所為か、少女の胴体には傷一つ無い……らしい。 少なくとも、この娘の友達であると言う、赤髪の少女はそう言っていた。 つらつらとそんな事を考えている内に、包帯の取替え作業が終わる。 はふぅ、と一息吐く才人は、備え付けの椅子に座って、ベッドの上に横たわる少女を、じっと眺める。 どうにも……おかしい。 確かに自分は、元の世界で出会い系に手を出す程に、その……そっち系に飢えていたが、こんなロリ系の少女に、しかも、二回しか見た事の無い(その内、会話をしたのは一回のみ)と言うのに、何故? 微妙に高鳴る鼓動に、疑問を憶えつつ、才人は開けていた窓を閉めようとして――――――その手を止めた。 いや、止めざるをえなかった。 才人が閉めようとしていた窓の縁に、奇妙な姿をした者が何時の間にか座っているだから。 姿形を抜きにして、才人はその突然現れた存在に好意的な感情を抱けなかった。 同じ主を持つ中だと言うのに。 「どうしたんすか、ホワイトスネイクさん。そんな所に座って」 現れたのは、ルイズの使い魔にして彼女のスタンド、ホワイトスネイク。 本体が再起不能に近い怪我を負いながら、消すのを忘れた為に、現実空間にそのまま居座り続ける破目に陥っているのだ。 まぁ……ルイズが本体となってからは、あまり消えてはいないのだが。 ともあれ、それはこの数日間の話であり、元本体の時は、消えている時間が長かった彼にとって、この状況は困惑ものである。 まだ、指示をする本体が居れば良いのだが、本体も居なく、自分の自由意志を元に動ける状況で、ホワイトスネイクは心底困っていた。 何せ、今まで命令され続けて培われた自由意志だ。いきなり、ほっぽりだされては、“何をすれば良いのか分からない” 結局、やる事を考えつかなかったホワイトスネイクは、眠っている主の近くで、いつでも不慮の事態に動けるように待機していた。 基本的にルイズが眠っている医務室付近に居るのだが、この時は、何故か閉めようとしていた窓の縁に、唐突に現れたのだ。 ビビる才人、平然とするホワイトスネイク。 ホワイトスネイクは才人の質問に答えず、ただ窓の外を眺めている。 やっぱりこいつ苦手だと、才人は思いながら窓を閉めるのを諦め、椅子に座り、シエスタから貸して貰った本を片手にペンを走らせる。 シエスタ曰く、貴族の使用人になるのであれば、文字ぐらい読めないと話にならないらしい。 そんな訳で、この世界の文字を勉強している才人だが、何故だか、もの凄く勉強が捗っている。 自分の世界での言葉すら、まともに覚えられなかった自分がだ。 その事に対して違和感を覚える才人であったが、まぁいいやの一言でその問題を忘れ、せっせかと文字の習得をしていく。 ホワイトネスイクは窓の外を見ながら、そんな才人をチラリと流し見ていた。 才人が勉強を始めて、一時間と少し、医務室へと向かう足音に、ホワイトスネイクは気がついた。 こつこつと石造りの床と皮製の靴が鳴らす音の持ち主は、医務室の扉を三回ノックしてから、返事を待たずに扉を開けた。 才人は、ノックしても返事を待たないなら、別にする意味無いんじゃないのかなぁとか思いながら、挨拶をする。 「おはよう、キュルケ」 「おはよう、ルイズの使用人さん。ルイズは…………まだ目が覚めてないみたいね」 才人の挨拶に丁寧に返答した赤髪の少女は、丸一日経ったと言うのに目覚めぬルイズへの心配で、何時もより元気が無く見えた。 「それにしても、君は心配性だねぇ」 「何が?」 備え付けの椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う才人とキュルケは、手持ち無沙汰も手伝って、軽い雑談を交わしていた。 内容は、昨日も怪我の治療の時から付きっ切りで、先生が止めていなかったら、医務室に泊まる勢いだったキュルケについてである。 上で記したように、すでにルイズには命の危機は無い。だと言うのに、キュルケはまるで余命幾許の無い者に接するように、出来る限りの時間をルイズと一緒に居ようとしていた。 才人にとって、幾ら心配だとしても、それは聊かやり過ぎのように思えたのだ。 そんな疑問に対して、キュルケは物憂いな表情で、ルイズを見ながら口を開く。 「別に……ルイズの体が心配って言う訳じゃないわ」 「じゃあ、なんで?」 「自覚は無かったけど……私、この娘に相当酷い事を言ってきたみたいでね……」 ルイズ見つめるキュルケの目は、焦点が合っていなく、少なくとも、今のルイズを見ているのでは無い事が分かる。 「私自身、この娘とは友達だったと思っていたわ。 だけど、知らず知らずの内に、この娘を傷つけていた私に、友達で居る資格なんてあるのかしら? 少なくとも……私は、無いと思うわ」 独白のようなキュルケの言葉に、才人は口を挟まなかった。 否、挟めるような口も言葉も、今の才人は持ち合わせていない。 「だけどね……私は、この娘と友達で居たい。 この娘と笑って、この娘と遊んで、ハシャいで、楽しみたい……」 キュルケの目が、過去を見ているように、この言葉も才人に宛てた言葉では無いのだろう。 「私は、そうしたいと思ってる。思ってるから……ルイズが目覚めたら、いの一番に言ってやるの。 今まで、ごめんなさい。貴方が許してくれるなら、私はこれからも貴方と友達で居たいと思ってるってね」 全てを語り終えたか、椅子から立ち上がったキュルケは、ベッドに近づき、そっと、ルイズの頬を撫でる。 暖かく、滑らかで瑞々しい肌。 傷一つ負っていない無垢なるモノ。 本当であるならば、彼女の心も、こうなるべきだったと言うのに。 自分だけでは無い。 しかし、彼女の心の、傷の内の一つ……いいや、幾つかは自分がしてしまった行為によるものだ。 「…………ルイズ…………」 慈しみの響きを持たせ、ルイズの名を呼ぶキュルケの姿は、なんというか、子を守る母のような雰囲気をしており、見ているだけで周囲のモノに慈愛の心を植えつける。 「……んっ……」 果たして、それは奇蹟なのか、それとも、単なる条件反射だったのか。 キュルケがルイズの名を呼んで、彼女の頬を撫でていると、ルイズの傷だらけの手が、キュルケの手を掴む。 「………………」 瞼を開き、焦点のぼやけた目でキュルケを見るルイズは、無言で握った手の力を段々と強くしていく。 まるで、これだけは放したくは無いと言わんが如く。 「ルイズっ! 貴方、意識が!?」 「………………・・・」 キュルケの問い掛けにルイズは答えず、ただ、ぼんやりと中空へと視線を巡らす。 「…………キュルケ……何で……」 ぽつりと、小さな声で漏れた言葉と同時に、ルイズの目が一気に開かれる。 「いっ!!!」 そして、凄まじい勢いで身体を起き上がらせようとして、腕と足の痛みに、瞬間的に動きが止まる。 痛みに耐えるように両腕を抱くようにして、腕同士が触れて、また痛みを訴える連鎖に、ルイズは我慢できなくなり、自分の使い魔へと声を掛ける。 「ホワイトスネイク!」 その声に反応するように、ホワイトスネイクは何時の間にかルイズのすぐ傍にまで歩み寄り、彼女の頭から気絶している時に戻しておいた『痛覚』のDISCをまた抜き取る。 痛みから解放されたルイズは、ようやく、思考を今の状況へと割り当て始めた。 目の前には、自分が才能を返却した少女と雇ったはずの使用人。 どんな状況なんだと疑問が彼女の頭に湧いたが、すぐに、自分の腕と足に巻かれた包帯と、今居る部屋が医務室なのを理解して、現状を把握した。 どうやら、自分は医務室で眠っていたらしい。 何故と言う言葉は要らない。そんな言葉など無くても、頭には、自分が重症を負った光景が浮かんでいた。 (私は……『一手』遅かった……キュルケが庇ってくれていなかったら、今頃……) あの時、風竜の事を完全に忘れていた自分と、そこまで必死になるように追い込んだ少女の事を思い出し、ルイズは一人、唇を噛み締める。 「……ルイズ?」 そんな不審な行動に訝しげな顔で、キュルケが言葉を掛けると、ルイズは、とりあえず、あの女の事を忘れて、赤髪の少女へと向き直った。 「あのね……キュルケ、私―――」 「ストップ! その前に、私、貴方に言わなきゃならない事があるのよ」 キュルケはルイズの言葉を遮り、自分の今の気持ちをそのままに口にしようとした。 ちなみに、才人は普段読めないはずの空気を、敏感に察知して、すでに部屋の外に出ていたりする。 二人だけの部屋。 そこでキュルケは、あの時は一言で済ませてしまった言葉を、もう一度、今度は、要約せずに丸ごと、言おうとして、口元に一本指を立てられた。 「もう良いのよ……もう…………」 ルイズは、静かにそう呟き、そっと立ち上がり、キュルケを抱きしめる。 「私を庇ってくれた事で、貴方の気持ちは、もう十分伝わったわ。 だから、もう止めましょう。ねっ?」 「…………ごめん……なさい……ごめんなさい、ルイズ―――っ!!」 感極まり涙を流すキュルケの身体抱きながら、背伸びをして(キュルケの方が身長が高い為)彼女の髪を撫でる。 まるで、先程自分の頬を撫でてくれたように、優しく、慈しみを持った手で髪を梳いていき ――――――ぞぶり、と自らの指を彼女の頭へと突き刺した。 ジュルジュルと生理的嫌悪を感じる音を部屋に響かせながら頭部に進入したルイズの手は、 キュルケの今の思考をDISC化したものを彼女の頭から、ルイズが確認できるように、引っ張る。 DISCした記憶の表面には、泣いて謝るキュルケと謝る対象である自分の姿が見て取れた。 (キュルケは……嘘をついていない……本当に、私に済まないと思っている……) 人の言葉など、どれほど信用なら無いか、僅かな時しか生きていないルイズですら知っている。 あまりに不確かで、不鮮明な言葉で、全てを信用するのは愚かでしかない。 では、確固たる鮮明さを持ち、不変的な『真実』とはなんなのか。 ホワイトスネイクを従えるルイズは、それを『記憶』だと思っている。 『記憶』は何時までも変わらない。 薄れ、忘却こそされるが、内容が変わる訳では無い。 故に、そこには偽りは存在しなく、真実だけが在る。 ルイズは、キュルケの頭から少しだけ出ているDISCを戻し、もっと強く、彼女の身体を抱きしめる。 この子は、もう私を侮辱なんかしない。 心の底から、私に謝るこの子は、私の味方だ。 ――――――友と競い、学びあい、談笑しろ―――――― 何処かで聞いた言葉が頭を過ぎる。 この言葉を始めて聞いた時、私は……どんな返答を返したのか…… ―――――――私に……そんな相手なんか―――――― 忘れてしまった『記憶』の底に貼りつく言葉に首を振る。 居た。 私にも居た。 一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に泣いて、一緒に学んで、一緒に歩ける友人が。 「――――――私にも……居たのよ……」 それが、こんなにも嬉しいのが、可笑しかった。 それが、こんなにも暖かい気持ちになるのが、心地良かった。 それが、こんなにも大切な事だと言うのが、気付かされた。 ――――――離さない ――――――離したく無い ――――――離れたくない 「絶対……離さない……」 願うならば、この誇るべき友人と、ずっと共に歩いて行きたい。 それだけが、自分を本当に気遣ってくれる相手に気付けたルイズの、思いだった。 場面は変わり、部屋の外へと出た才人は、あまりにも空気を読めた自分の行動に疑問を感じていた。 「おかしいな……俺、あんなに敏感なやつだったっけ?」 唐変木と言うよりは空気が読めないはずの自分が、あんなベストなタイミングで部屋から出れたなど、自分の行動だと言うのに信じられない。 ん~、と首を傾げながら歩く才人に一人の女の子がぶつかった。 「きゃっ!」 「うわっち!?」 少女が尻餅をつく前に、伸びきった手を掴み、傾いたままで姿勢を維持させる。 「君、大丈夫?」 そのまま腕を引っ張り、きちんと重力に垂直に立たせて、才人は少女を見る。 金色が目に痛いぐらい輝く髪を、幾つにもロールしているその少女は、才人の中の、もしも中世のお嬢様が居たらこんな髪型でこんな感じだろうなぁと言うイメージにピッタリと重なっていた。 「……っ~! 平民の癖に貴族にぶつかるなんて!」 いや、マジでピッタリだよ。色々と 「あっ、ごめん。ちょっと考え事しててさ。 でも、君の方も前を見てなかったみたいだし、おあいこじゃないかな?」 ここの通路は、ひたすらに真っ直ぐだ。そんな場所で二人してぶつかるのは、どちらも前を見ていなかったに違いない。 そのような推測の元、才人の口から出た言葉に金髪の少女は、顔を真っ赤して怒鳴る。 「おあいこだなんて、そんな訳無いじゃない! 平民が貴族にぶつかったのよ!? どう考えても悪いのは平民の方じゃない!!」 シエスタから、貴族は――――――特に、このトリステインの貴族は、傲慢と自尊心の塊であるから、決して機嫌を損ねていけないと言う言葉を、才人は今更ながら思い出す。 まずったなぁ、とか呟きながら、どうにかして目の前の、貴族様の怒りを静めなければならない。 「はぁ、どうも申し訳ありませんでした。これ以降は気をつけますので、どうか許してください」 とりあえず適当に謝れば良いんじゃね? な思考から、謝罪の言葉を口にすると、向こうも分かれば良いのよ、とか言って、そのままスタスタと歩いていってしまった。 なんだあれ? とか才人は思ったが、まぁ仕方ないかと諦めた。 少し考えれば、まだ授業を行っている時間帯だと言うのに、歩いている少女が、何処に向かっているのか。 其処から出てきたなら気付きそうなものだが、結局、才人は気がつかないで、そのまま適当にぶらつくかと、ふらふらと何処かへ行ってしまったのだった。 報いと言うものは必ず受けなければならない行為である。 しかし、報いに報いた行動にさえ、それを要求されるのであれば、それはまるでメビウスの輪のように堂々巡りとなるのでは無いか。 少なくとも、ホワイトスネイクは言い争う本体と金髪の少女を見て、そう考えていた。 医務室に訊ねてきたモンモラシーは、最初にルイズが意識を取り戻した事を知ると、さっさとギーシュに才能を返すように言ったが、ルイズはそれを承諾しなかった。 何故なら、ギーシュとは真っ当な勝負の結果で奪った才能であるし、自分の事をあそこまで虚仮にした奴に、どうしてこの力を返さなければならないのか。 彼女には不思議だった。 しかし、横に居たキュルケもギーシュに才能を返した方が良いとモンモラシーの援護しだし、旗色が悪くなると、ルイズは、自分を負かした少女が、ギーシュは壊れていたと言っていたのを思い出し、壊れている人間に才能を返却した所で使う事が出来ない。 なら、私が有効活用してあげるわ。と言った所、モンモラシーが、もの凄い形相で怒り出したのだ。 「ルイズ!!」 顔を真っ赤にして怒鳴るモンモラシーに、ルイズは、面倒ね、と顔を顰めた。 「私も……今の言葉はどうだったかなぁ、と思うわ」 キュルケにも言われると、流石に顰めた顔を、今度は思考の顔にしなければならない。 適材適所。 その言葉の通りならば、今の彼が、この才能を持っているよりは、自分が才能を持っていた方が良いに決まっている。 だが、キュルケとモンモラシーは持ち主に返すべきであると言う意見を決して曲げないであろう。 モンモラシーの事は別に良いが、キュルケに対して別の意見を持つのは拙い。 せっかく見つけた、信頼できる友人を、たかだか『土』のドットクラスの魔法で失うのは嫌だ。 「分かったわよ……返すわ、返せば良いんでしょう」 ここで下手に話を拗れさせては、どうしようもない。 そういう結論に至ったルイズは、才能を返却する事にした。 別に、ドットくらいなら構わない。 これがスクウェアとかトライアングルクラスならば、ルイズも少しぐらい粘っただろうが、たかが青銅しか『錬金』出来ない才能に、そこまで労力を割く必要も無いだろう。 元々、この才能を奪ったのは、ギーシュが自分の事を侮辱してきた報いであった。 彼女の“本来”の計画では、ギーシュの才能になど触れてすらいない。 「そうよ! それが貴方に出来る償いなんだからね!」 償いと言う言葉に、ピクリと眉が動いたが、ルイズはなんとかそれを押さえ込む。 彼女しては珍しく、無いに等しい自制心が働いたお陰であった。 「……まぁいいわ。返しに行くのなら、さっさと行きましょう。 面倒事は、早めは片付けた方が良いに決まってるわ」 今度はモンモラシーが耐える番であった。 ルイズの一言にグッと耐え、震える握り拳をそっと背後に隠す。 その様子に気付いたキュルケが、何か言おうとするが止めた。 どちらが悪いと問われれば、ギーシュとルイズの問題は少々込み入り過ぎている。 一概にどちらが悪く、どちらが正しいと言える事柄では無いからだ。 ともあれ、ルイズはまだまともに歩けず、ホワイトスネイクにおんぶをして貰ってギーシュの自室へと移動を始める。 基本的に、スタンドの負傷が本体に伝わるように、本体の負傷もスタンドに伝わっているのだが、ホワイトスネイクは、ルイズを運ぶ痛みに顔色一つ変えずに、彼女をギーシュの部屋へと運びきるのであった。 「ここよ」 男子寮の一角。比較的入り口に近い場所に、ギーシュの部屋はあった。 モンモラシーは、ギーシュの部屋の前で一度深呼吸をして、こんこん、と扉をノックする。 返事は――――――なかった。 「入りましょう」 辛そうな顔で言うモンモラシーは、アンロックの呪文を掛け、鍵の掛けられた扉を開いた。 中は、昼間だと言うのに何処か薄暗く、少し土の匂いがした。 「ギーシュ、戻ってきたわ。返事をして」 「あぅあ……」 悲痛な声で、モンモラシーは、ベッドの上に座っている自身と同じ髪色の少年へと呼びかける。 しかし、少年の口から漏れるのは、自我が放棄された発音。 ルイズとキュルケは、眉を顰めた。 ここまで酷いとは、想像していなかった。 目の焦点が合わず、口からは意味不明の単音が漏れるしかない少年は、まるで痴呆患者そのものだ。 「………………」 ルイズは無言で、モンモラシーに髪型を整えられているギーシュへと歩み寄る。 すでにホワイトスネイクの背中からは降りている。 そうして、自分の頭に手を入れ、中からDISCを取り出し、それをギーシュの頭へと挿入する。 「これで良いでしょ?」 自分のやるべき事は終わったと言わんばかりのルイズは、備え付けの椅子をホワイトスネイクに持ってこさせ、どかりと座り込む。 モンモラシーとキュルケは、あっさりと終わった才能の返却に、しばし呆然としていたが、 「あぅ?」 才能が戻った感触に不思議そうな声を出したギーシュによって、現実へと戻ってきた。 「これで……ギーシュは、また魔法が使えるようになったの?」 確認するように紡ぐモンモラシーの言葉にルイズは、そうよ、と返答する。 「………………」 一抹の望みがモンモラシーにはあった。 この壊れてしまったギーシュも、才能を戻しさえすれば、なんとか元通りになってくれるのでは無いかと言う望みが。 「ギーシュ、ねぇ、戻ってきたのよ。貴方の才能が。 ほら、これでまた貴方のワルキューレが作れるわよ。 それに、固定化とか錬金も、また出来るのよ」 才能は戻った――――――だが、彼は戻らなかった。 ただ、それだけだと言うのに、モンモラシーの目からは涙が溢れ出ていた。 先生方が言っていた。 これだけ見事に壊れていると、どんな秘薬があろうとメイジには、もう治せないと。 だからこそ、この才能が返ってくる時に、ギーシュの精神が治ってくれると、どれだけ願っていた事か。 「私ね……首飾りが欲しいのよ。 貴方の錬金してくれたものがね。 青銅しか錬金できなくても、別に構わない。 貴方が作ってくれたのなら、それで良いの。 だから、お願い、お願いだから、私に首飾りを作ってよ!!」 悲しい結末となった恋人達の末路に、キュルケの胸は苦しくなっていた。 これが双方共に、自分に面識の無い人間であるならば、そういうこともあると納得できるだろうが、残念ながら、二人共、自分と同じ学生で、特にモンモラシーとは、割りと話す仲でもある。 「ねぇ……ルイズ」 同情と言えば、それで終わりであるが、キュルケはそれでも言葉の続きを口にした。 「ギーシュなんだけど……もうあのままなのかしらね?」 「あんた……あいつに元に戻って欲しいの?」 疑問文に疑問文で返したルイズの言葉に、キュルケは頷く。 それはそうだろう。 目の前に悲惨な事態に陥っている恋人達が居たら、自分に助けられる事が助けたくなるのは人情だ。 ルイズは、そんなキュルケに目を僅かに細め、分かったわ。と静かに立ち上がり――― 「ホワイトスネイク! ギーシュの壊れた原因を抜き取りなさい!!」 自らの使い魔へと命令を下した。 モンモラシーが撫でていたギーシュの頭に、ホワイトスネイクの右手が突き刺さる。 あまりの驚愕の光景に、モンモラシーは声を上げる事さえ忘れて、ただ口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。 キュルケも同様に驚きで目を丸くし、ただ一人、ルイズだけが、満足げにホワイトスネイクの行動に見入っている。 「『記憶』ト言ウモノハ、ソノ人間ノ生キタ証、マタハ歩ンデキタ道ダ。 ナラバ、壊レタ瞬間カラ、今ニ至ルマデノ壊レタ『記憶』ヲ抜キ取レバ、壊レル前の正常ナ人間ニ戻ル。 理屈ハ、忘却ト、ホボ同ジダ。ドレダケ辛イ事ガアロウト時ハ、辛サヲ忘レサセル。 マァ、完全ニ物事ヲ忘却デキル人間ナド居ナイノダカラ、僅カニ残滓ハ残ルガナ」 饒舌に語り始めた使い魔の言葉に、キュルケとモンモラシーは、どうやらルイズがギーシュの精神を治そうとしている考えに至った。 「お願い…………お願い……お願い!!」 藁にも縋るような思いで、ホワイトスネイクの行動を見守る事にしたモンモラシーの口から出るのは、懇願の言葉のみ。 キュルケも同様に、ただギーシュが治る事を願っていた。 「サァ、忘レルガイイ、壊レタ者ヨ。 オマエガ壊レテシマッタ……ソノ瞬間ヲナ!!」 二人の願いが通じたのか、ホワイトスネイクが右手を引き抜いた時、一枚のDISCが握られていた。 どす黒く変色している、そのDISCは誰が見ても危険物と分かる程の禍々しいオーラを纏っており、通常のDISCと違うのは、一目で見て取れる。 「う……うぅん……」 先程と違い、理知的な声を口から漏らしたギーシュは、ベッドへと倒れこんだ。 慌てて、ギーシュの頭を確認するモンモラシーだったが、外傷も無く、ただ単に気絶しているだけのようだ。 「これで元通り、こいつの『記憶』は壊れる前に戻ったわ」 そう言うと、ルイズは自分の身体が一気に重たくなるのを感じた。 (流石に起きたばかりで無茶はするもんじゃないわね……) なんとか、ホワイトスネイクの背中に乗ると、ルイズは、じゃあねと言い、モンモラシーとキュルケをギーシュの部屋へと残し、自分は退室した。 「シカシ……良カッタノカ」 「何がよ?」 自分の部屋へと帰る途中、ホワイトスネイクの主語を抜いた言葉に、ルイズは疑問符を頭の上に浮かべる。 「折角、奪ッタ才能ヲ、簡単ニ返却シテシマッタ事ダ。 君ハ、確カニ魔法ヲ使イタイと心カラ願イ、使エルヨウニナッタノダロウ」 「…………そうね」 「ナラバ、何故、返シタノダ? マタ、元ノ使エナイ人間ニ戻ルト言ウノニ」 ホワイトスネイクの疑問は最もだ。 折角、苦労して奪った才能を、あんなに簡単に持ち主へと返し、自分はまた『ゼロ』へと逆戻り。 とてもじゃないが、あそこまで魔法を使える事に執着した人間と同じには思えない。 「モシモ、君ガ、センチナ感情ニ動カサレテイルト言ウノデアレバ、ソレハマッタクノ無意味ダ」 「…………別に、あいつが可哀想だから才能を返した訳じゃないわよ」 「デハ、何故? 何故、君ハ自ラヲ犠牲ニシテマデ、アノヨウナ事ヲシタノダ?」 蛇のように粘着質なホワイトスネイクの質問にルイズは、暫く無言を徹す。 まるで、自分の内に秘めた思いをどう言葉にすれば良いのか、迷っているかの如く。 「私は自分が犠牲になったつもりは、さらさら無いわ あいつに才能を返す事が、私にとって、プラスになると思って返しただけよ」 考えが纏まったのか、それとも、ただ気分が向いたのか。 ルイズは、ホワイトスネイクに自らの思いを吐露していく。 「あそこで、あの場で返すのを渋ったら、それこそ私は、キュルケと道を違えてたでしょうね」 「アノ女ノ為ニ、君ハ拘ッテイタモノヲ諦メタノカ?」 「それだけの価値が、キュルケには……うぅん、友達にはあるのよ」 力強い、ルイズの肯定にホワイトスネイクは足を止めた。 (友……カ……) 元本体にも友と呼べる人――――――いや、化け物が居た。 そいつと居る間、本体の心は安らぎ有り得ない程の安定に包まれる。 ルイズも……現在の本体も、そんな安らぎの場所を求めたのだろうか。 「でもね、ホワイトスネイク。 私は別に魔法を奪うのを止めた訳じゃあ無いわよ」 「君ハ、アノ女ニハ嫌ワレタクナイノダロウ?」 「えぇ、だから、今後は“此処”で才能を奪うのを止めるし、侮辱された報復なら、貴方を嗾けるわ。 私が才能を奪うのは、悪い奴からだけ。 世間一般が悪と言う奴から才能を奪うなら、キュルケも文句は無いでしょう?」 奪うのは変わらない。 ただ、その理由が、報復から、罰に変わっただけ。 しかし、その変わった事がけっこう重要だったりする。 どれだけ強い武力があろうと、大義名分が無ければ、ただの暴力と片付けられるように。 自分の才能を奪う事も、悪人に対する罰と言う大義名分が付けば、少なくとも、報復の為に奪うよりは、周りに受け入れられるだろう。 「さっそく奪いに行きたい所だけど……足が無いわね」 謹慎期間の為に、この一週間は休みのルイズであるが、 生徒達が遠出をする為の馬が用意されるのは虚無の曜日だけなのだ。 つまり、遠出をするならば、どうしても虚無の曜日まで待たなければならない。 「虚無の曜日は明後日か……怪我の具合もあるし……丁度良いかしらね?」 遠足に行くのが楽しみで仕方ない小学生のように尋ねるルイズの言葉に、 ホワイトスネイクは返答をせずに、止めていた足を、また動かし始める。 「あぁ、今度は『土』や『火』じゃなくて『水』が良いわね。 やっぱり、自分で怪我の治療が出来た方が便利だし……」 自分の背中で、ぶつぶつと呟かれているホワイトスネイクは、才能云々の話で一枚のDISCについて思い出した。 「ルイズ」 「やっぱり、最低でもトライアン――――――んっ? 何よ?」 「一応言ッテオク、君ノ、スカートノ中ニ、一枚ノDISCガ入ッテイル」 ホワイトスネイクに言われ、自分のスカートに手を伸ばすルイズは、その中にあるDISCを手に取った。 『記憶』DISCとも、『魔法』DISCとも違う輝きを持つ、そのDISCの表面には、右半身が砕けた屈強な肉体を持つ何者かが写りこんでいる。 「ソレハ……『世界』ト呼バレル『最強』ノスタンドダ。 最モ、『無敵』ニ対シテ敗北ヲ喫シタ『最強』ダガナ」 「何それ? 負けたら『最強』じゃあないじゃない と言うか、スタンドって、あんたの種族みたいなもんでしょ? それがどうしてDISCになるのよ」 「原理ハ、才能ヲ奪ッタ時ト、ホボ同ジダ」 「ふ~ん」 感心したようにルイズは、DISCを繁々と観察してから、それを自分の頭部へと、そっと差し入れる――――――が 『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!』 「あひゃあっ!!」 唐突に脳に響いた怒声と身体の芯に叩き込まれた衝撃に、ルイズの身体はホワイトスネイクの背中から吹っ飛ぶ。 痛覚を抜いてままで良かった。 もし、痛覚が残ったままだったら、この衝撃による両手両足の痛みで気絶しただろうなぁ、とかルイズは考えていた。 「っ~!……何よ、これ!? なんで差し込んだら吹っ飛ぶのよ!? あんた、私の事を騙したんじゃないでしょうね!?」 「騙シタ訳デハ無イガ……ナルホド、ドウヤラ、君ノ今ノ精神力ト体力デハ、『世界』ヲ扱ウ事ガ出来ナイヨウダ」 「どういう事よ?」 じと目で睨んでくるルイズを尻目に、悠々とDISCを拾うホワイトスネイクは、DISCの表面の人型をなぞりながら、言葉を続ける。 「コノ『世界』ハ、スタンドノ中デモ、格ガ違ウ存在ダ。 例エ、弱体化シテイタ所デ、君ガ扱ウニハ、マダマダ成長シナケレバナラナイト言ウ事ダ」 最も、あの時のように感情を高ぶらせれば別だろうがな、と言う言葉を飲み込み、ホワイトスネイクは、倒れているルイズをおぶり、DISCを渡す。 ルイズは、渡されたDISCを、暫く見つめていたが、はぁ、と溜め息を吐いてから仕舞う。 「まったく…………今、使えないんじゃ意味無いわよ」 ホワイトスネイクと出逢った日に呟いた言葉に酷似した台詞を言うと、ルイズはゆっくりとホワイトスネイクの背中へと寄り掛かる。 頭をくっつけ、ホワイトスネイクの心音を後ろから聞くような体勢のルイズは、部屋に着く前に、深い眠りへと落ちるのであった。 第五話 戻る 第七話
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「……随分と大変な事をしてくれたものじゃ」 窓から赤い光が差し込む学長室。 その重厚な椅子に座り、オールド・オスマンは、扉近くに立つルイズに、ほっほっと笑いながら話しかけた。 まるで近所の御爺さんのようなオスマンに、ルイズはニコリとも笑わず、ただ立ち尽くしているだけだ。 「さて……ここに呼ばれた理由は分かっているかの?」 「はい、禁止されていた貴族間の決闘を行った事ですね」 淀みなく答えるルイズに、オスマンは、そうじゃ、と頷きながら髭を擦る。 長くて真っ白の髭は、オスマンが自分の身体で一番自慢できるものだ。 「ルールが何故あるか……分かるな、ミス・ヴァリエール?」 「ルールを誰一人守らなければ、国は、法は正しく動きません」 「そうじゃ……例え、それが生徒同士の喧嘩が原因で発展した決闘であったとしても、それをそのままにしておくと、確実にルールは無くなる。 故に、ミス・ヴァリエール。君に今回の件の罰を与える」 罰と言う言葉にもルイズは動じない。ただ在るがままを受け入れる水のように、ただそこに居る。 「君に1週間の謹慎処分を与える。1週間、ルールの重要性について、確りと思い返しなさい」 「はい」 ルイズは罰を聞くと、すぐに踵を返し、学長室を後にしようとするが 「これ、まだ老人の長話は終わっとらんぞ」 オスマンの声に身体を急停止させる。 「まだ何か?」 オスマンに振り返らず、後ろを向いたままのルイズに、ぼけぼけとした学長室の空気が変わった。 「本当に……わしがしようとしている話が分からぬか、ヴァリエール」 「ミスを付けてください。幾らオールド・オスマンと言えど、呼び捨てはいけません。 さっき、貴方は言いました。ルールは守るべきだと。 貴族は貴族同士を敬い、助け合う。その為に相手に対する礼儀は必要ですよね?」 「ミス・ヴァリエール!!」 オスマンの雷鳴の如き声が、学長室に響き渡る。 事務仕事で話に入ってこなかったロングビルでさえ、ビクッと思わず反応してしまった声だったが、 ルイズは後ろ向きのまま先程と同じように微動だにしていない。 「ミスタ・グラモンが、魔法を使えなくなったそうじゃ」 「…………」 「さらに言うと、君が彼と決闘をして、君が去る時に彼は自分で自分の首を絞めたそうじゃな」 「さぁ……私は自分の眼で見ていないのでなんとも……」 「話を誤魔化すのもいい加減にせんか!!!!」 立ち上がり、声を荒げるオスマンにルイズは振り返り―――――― 「誤魔化してなどいません!!」 学長室に来てから初めて声を荒げた。 「彼は、私を侮辱しました!」 「侮辱程度で魔法を使えなくし、殺そうとしたと言うのか!!」 オスマンの怒声に、ルイズは肩を揺らした。 それは別に、今更このオスマンの声に恐れをなした訳ではない。 侮辱“程度”!? この男は、侮辱程度と言ったのか!? オスマンの言葉に、ホワイトスネイクを嗾けなかったのは、ルイズに残っていた僅かな自制心から来るものであった。 その自制心で、自身を律したルイズは、オスマンへと向き、静かに淡々と、だが、荒々しく言葉を紡ぐ。 「では、オールド・オスマン―――貴方に尋ねます。 貴方は、他の人に使えて当然。なのに、自分はそれを使えなくて、使える者達と同じ扱いを受けた事はありますか!? その事で、お情けを貰ってるだとか、家の名前だけで、居座っていると、言われた事はありますか!? 他の者が、使えて当然のモノを、これ見よがしに見せ付けてきて、使えない事を詰られた事がありますか!? いつも、陰口を叩かれて、話しかけてくる者達が、挨拶のように馬鹿にしてきた事がありますか!? 自分よりも下の者に、使えない癖に、何を偉ぶっていると思われた事はありますか!?――――――」 それは、聖歌のよう透明であり それは、狂歌のように終わりがなく それは、鎮魂歌のよう悲しみに溢れていた 聞くに堪えない、言葉の羅列に、ミス・ロングビルどころかオールド・オスマンすら、その目を見開き、ルイズを見つめるしかない。 「貴方は……貴方は、家族に使えない事を心配された事がありますか!? 誰よりも、何よりも尊敬している目標の人に、使えない者として見られた事がありますか!? 自分を表す二つ名が……使えない事の意味を持つ言葉にされた事はありますか!? それを、皆が……使える者達が……毎日のように………… 毎日のように私に言ってくる気持ちが……貴方に分かりますか―――オールド・オスマン!!!!」 これが、ギーシュを殺害寸前まで追い込んだ、ルイズの感情の正体だった。 最初は、ただの劣等感であった。 それが、一年と言う月日で、様々な要因で歪んでいき……目の前の少女となった。 オスマンは思う。 もしも、ミス・ヴァリエールが召喚した者が、この奇妙な姿をしている者ではなく、もっと普通な…… そう、魔法を奪えるような力を持ってさえいなければ、この感情と折り合いをつけて、生活していただろう。 しかし、運命の悪戯か、ブリミルはなんという者達を出逢わせてしまったのか。 歪んだ感情の捌け口を求めていた少女と、偶然、その捌け口にピッタリ合う力を持っていた使い魔。 オスマンは所詮使える者だ。 ルイズの苦しみが、どれ程のものなのか、知る由も無い。 どうすれば良いと言うのだ、自分に。 一体どうやって、雨の中に置き去りにされたような目をした少女を救えば良いと言うのだ。 「…………ミス・ロングビル」 名前を呼ばれて、我に返ったロングビルがオスマンを見る。 それに対して、オスマンはただ頷くだけ。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 今日は、色々とあって疲れただろう……もう部屋に帰って休みなさい…… 罰に関しては、後日改めて――――――」 「貴方は!! 常に見下されて生活したことが―――!!」 「もう良い!!! もう、十分に伝わった…… 眠りなさい、ミス・ヴァリエール。 眠って、眠って、眠って……その身体を休めてくれ……」 オスマンは、それだけ告げて、椅子に深く腰を下ろした。 ルイズは、まだ何か言っていたが、ロングビルに連れられて、学長室を後にする。 ホワイトスネイクもその後を追う。 そうして、学長室にただ一人残されたオスマンは 悲しそうに、ほほっと笑う、その顔には後悔しか浮かんでいない。 「一年……たったの一年じゃ…… 一年前のミス・ヴァリエールは希望に満ち溢れていた。 自分が使える魔法を見つける為に、あらゆる努力をしていた…… そんな彼女を……ここは一年であそこまでにしてしまった…… ……悔やんでも悔やみきれんな」 そう言って、オスマンは静かに目を瞑り、何処とも知れぬ者に祈りを捧げた。 どうか、あの少女に眠りの中だけは安息が訪れるようにと…… 「頼む……返して……僕の……まほっ……」 真夜中の医務室。 そこに現在眠っている人間は三人。 一人は、精肉屋に行く為の下拵えをされたマリコルヌ。 もう一人は、貴族に勝った平民、平賀才人。 そして、最後の一人、ギーシュ・ド・グラモンは、ルイズに魔法DISCを奪われる瞬間の夢を見ていた。 それは、正しく悪夢だった。 彼の持つ、全てを、魔法も碌に扱う事の出来ない『ゼロ』に粉々にされる悪夢。 「うわっ……わ……あぁぁ……来る……来るな……・・・僕に……近づくなぁ!!」 「きゃっ!」 悪夢での自分の叫びを現実でそのまま叫んだギーシュは、それで目が覚めた。 慌てて自分の首を確かめてみるが、何にも束縛されていない。 きちんと、呼吸が出来る。 「良かったぁ……」 「……あの―――」 「うわっぁあぁぁぁ!!」 声を掛けられたショックで、またも大声を上げるギーシュであったが、そういえば、さっき、小さな悲鳴が聞こえたなぁと思い、落ち着いて回りを良く見てみると、闇に溶け込むかのような黒髪をしたメイドが、水差しを持ってこちらを見ていた。 忘れもしない……自分が、こうなるキッカケを作ったメイドだ。 「おまえっ!!」 立ち上がり、メイドの肩を掴むと、メイドは声を荒げ。手を振り解こうとする。 「おっ、落ち着いてください!! ミスタ・グラモン!!」 「落ち着ける訳が無いだろう!! お前の所為で、僕は、僕は!!」 ―――魔法が使えなくなったんだぞ!! そう叫ぼうとして、初めて、それをギーシュは正気の中で認識した。 自分は……魔法が使えない……惨めな『ゼロ』になってしまったのか…… ギーシュは、夢にも思わなかった。 本来使えるべきモノが使えない苦痛が、これ程のモノとは。 なるほど……ルイズは、これを毎日味わっていたのか。 恐らく、最初から使えない者の苦悩は、これの何倍も大きいのだろう。 そんな苦悩を持った者に、自分は、一体何を言ったのか。 ――――――魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!―――――― 違う……違うのだ。 今、分かった。 彼女は、別に偉ぶって、貴族らしくしていた訳では無い。 魔法を使えない彼女にとって、貴族とは最後の拠り所。 魔法も使えず、貴族も否定されたなら、一体彼女は何なのか? 「くそっ……僕が……僕が馬鹿だったのか……」 もっと早く気付けば良かった。 彼女の居場所を奪ってしまった自分の一言に。 「謝りに……謝りに行かないと……」 「お待ちください、ミスタ・グラモン! まだ、動いては駄目です! お身体に障ります!」 「邪魔をしないでくれ! ルイズに……ヴァリエールに謝りに行かないといけないんだ!」 今度は、メイドがギーシュの肩を掴み止めに入るが、 これでも、一応は男であるギーシュに体格差で負けている少女が止められるはずが無かった。 「わかっ、わかりました。ミス・ヴァリエールの元へ行く事を許可しますから このお薬を飲んでください」 「何の薬だい、これ?」 ポケットから薬包紙に包まれた粉末状の薬を取り出したメイドは、ミス・モンモラシからの差し入れです、と答えてくれた。 「モンモラシーからか……そういえば、彼女にも心配を掛けてしまったな」 自分に駆け寄ってきてくれた時の、彼女の悲痛な表情を思い出したギーシュは、その薬を一気に呷りメイドから手渡された水差しで喉の奥へと流し込む。 「どうですか、お薬の味は?」 「良薬口に苦しだよ。う~、マズいなぁ、もう」 「そうでしたか……結構高かったんですけどねぇ、そのお薬……」 ルイズは、自室のベッドの上でシーツに包まり丸くなっていた。 自分は魔法を使えるようになっている。 それも、自分を見下していた奴から手に入れたDISCで。 そう思うと、ルイズは夕方あれだけ取り乱していたのが嘘のような笑みを浮かべていた。 自分は、一年間を、劣等感の中で暮らしてきた。 今、思い返しても、あの一年間は反吐が出る。 だが、それも明日から……いいや、今夜から変わる。 最高の気分でルイズは、魔法で燈したランプを、また魔法で消す。 明日は早くから、あの平民の様子を見に行かなきゃならない。 ご主人様に無断で使い魔のルーンを譲渡したのに、最初は怒りを覚えたが、ホワイトスネイクの台詞でその怒りも消えた。 ―――適材適所……全テノ力ニハ、相応シイ者ガ居ル。アノ、ルーンモ、ソノ類ダッタダケダ――― そうだ、適材適所だ。 あの平民が、私のルーンを扱うように、あんな貴族らしからぬ、ただ魔法が使えるだけの無能共の才能は、もっと毅然とした人間に与えられるべき者だ。 ただ、魔法が使えるだけで貴族と名乗っている連中は、豚のように地べたを這いずり回って『ゼロ』の気分を体感させてやる!! 「見返してやるわ……私を、私を『ゼロ』と呼んだ全てのメイジを…… うぅん、全ての人間を、絶対に見返してやるわ!」 あの目障りな優男の才能は奪ってやったので、後は、いつも、いつも、私を侮辱していた、あの精肉屋に並ぶべき豚と、自分を『ゼロ』と呼んでくる、忌々しいツェルプストーの女。 「一先ずは、この二人をね。 まぁ、後は……おいおい、決めていけば……ふぁぁぁああぁぁ……良いかな……」 トロンとした目付きで、夢心地に入るルイズは、そういえば、キュルケを無能にする時に邪魔をした奴も居たわねぇ、と思い出した。 だが、すぐにそれも忘れる。 また邪魔してきたら諸共奪えば良いし、邪魔をしてこなかったら、それで良い。 自分の記憶の限りでは、あの娘は確か…… 私の事を『ゼロ』とは読んでないのだ……か……ら…… 「ヤット……眠ッタカ……」 ルイズが夢の世界へと旅立った事を確認すると、ホワイトスネイクは椅子に腰掛ける。 「平賀才人……カ……」 珍しく物思いに耽るホワイトスネイクは、あの『黄金の精神』を持った少年の事を思い出していた。 あの少年の持っていた『覚悟』 あれは、もしや…… 「……イヤ、気ノ所為ダナ……ソンナハズ絶対ニ無イ」 そう呟く、ホワイトスネイクの言葉は、誰にも、少なくとも、ホワイトスネイクの耳にすら届いていなかった。 第三話 戻る 第四話
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「・・・・・・ふぅ」 夕焼けの赤が夜の闇に侵食されている時間帯。 シエスタは纏めた荷物を宛がわれた部屋の床に、ドサリと置いた。 「・・・・・・まったく、運が無いですね・・・・・・私も」 モット伯。 平民の娘を雇い入れては、食い散らかしていると言う黒い噂を持つ、 学院に近い土地に領地を持つ一流貴族だが、シエスタは前々から彼に目を付けられていた。 方々に手を回して、自分に対しての興味を逸らそうとしたが、今日、とうとう、モット伯の所で働くと言う事で話がついてしまった。 「貴族の方に毎夜、身体を求められる生活なんて・・・・・・平穏じゃないです」 不満げに呟くシエスタは、整理整頓されている荷物から、一つのバスケットを取り出す。 そこそこの大きさのバスケットを開くと中には、何かを包んだ薬包紙が大量に入っている。 薬包紙の一つに一つに、シエスタしか意味の分からないように組み合わせた文字で名前が書いてあり、 どう見ても一介のメイドが持つべき物で無い事が見て取れる。 「ここから才人さんの所へ戻るのは、ちょっと大変そうですけど・・・・・・仕方ないです」 なるべく早く戻りたい所であるが、急いでは事を仕損じる可能性がある。 しかし、だからと言って、ゆっくりしていたら自分の貞操が、あんな手の汚い貴族に奪われてしまう。 「それだけは嫌ですね」 初めては好きな人と決めているシエスタは、即効性と隠匿率の高い薬を手に取り、なんとかしてこれを飲ませる方法を模索し始めるのだった。 「くそっ! 頼む! もっと早く走ってくれよ!」 焦れたような才人の声に、彼を乗せて走っている馬は嘶きを上げて答えるが、今ひとつ速度が遅い。 「その馬、今日は街まで行って帰ったきた奴だから、疲れているのよ」 それに私も乗ってるしね、と才人の腰に捕まり、馬に乗っているルイズが喋るが、才人の耳に届く事は無い。 「頼む、頼む、頼む! 間に合ってくれ! お願いだ!」 必死なのも無理は無い。 マルトーからシエスタが、モット伯と言うルイズが言っていた貴族の下へ奉公に言ったと聞いて、ルイズの部屋へ戻った才人は、彼女に、モット伯がどんな人間なのかを聞いたのだ。 曰く、その者の屋敷へ行ったら、少女は貞操を奪われるだろう。 曰く、世話をするのは昼だけでなく、夜のベッドの上でも世話をしなければならない。 曰く、嬲るだけ嬲って飽きたら、そのまま金だけ握らせ路上に捨てられる。 主に少女に対する、様々な黒い噂・・・・・・と言うよりは、事実を告げられた才人は、真っ青な顔で部屋を飛び出した。 自分の恩人の、貞操の危機に才人は、この世界に来てから初めて本気で焦っていた。 使用人のそんな様子に、部屋に残ったルイズは、どうやらモット伯絡みで何かあったのだろうと推測し、才人の後を追うのであった。 そして、現在に至る。 すでに夜も大分更けてきた中、もうに床に入り、一戦始めている恋人達も居るだろう。 もしも、モット伯が、そんな連中のように床に入って準備をして、シエスタを待ち構えているのならば・・・・・・・・・・・・ 才人は、自分の頭に浮かぶ悪い考えを、首を振って否定し、ただ、早く屋敷に着けるように馬を走らすだけしか出来なかった。 一方、ルイズも才人程では無いにしても焦っていた。 モット伯の行為は、女として何よりも許せない行為であるし、何より誇り高いトリステインの貴族がすることでは無い。 そんな者が平然とした顔でのさばり、あまつさえ犠牲者を増やそうとしている事実が、ルイズの堪忍袋の尾に直撃していた。 才人の知り合いのメイドとやらが手篭めにされている現場に、もしくは事の終わった後とかに踏み込んだとしたら、間違いなく後の事を考えず、モット伯を文字通りこの世から消してしまうだろう。 勿論、そんな事をやって一番困るのはルイズであるが、困ると分かっていても、その事態に陥ったとしたら、確実にプッツンいくだろうし、ルイズ自身、それを止める事は出来ない。 故に、そのような困った事態にならないように、シエスタとか言うメイドが犠牲になる前に着いてくれるよう、ルイズは、疲れてへばっている馬の尻を、自前の鞭で酷く叩くのであった。 理由違えど、焦る才人とルイズの間で、買われてから一度も抜かれていない剣は、尻を叩かれて暴れる馬の揺れに合わせて、寂しそうにその身を揺らしていた。 「次はこの料理をお願いします」 「は~い、今行きます」 「ワインの数が少し足りないみたいだから、誰か倉庫に行ってとってきてくれない?」 「あっ、私、行きます」 厨房に飛び交う少女達の声に雑じり、聞く者に安堵の感情を抱かせる少女の声が響く。 シエスタがこの屋敷に来て最初の仕事となる厨房の手伝いに来て、まず始めに驚いた事は、厨房で料理している人が全て女性・・・・・・しかも、皆、年若い、少女と言っても差し支えない者達だったことだ。 組んだ人の話では、ここの雑用は料理から力仕事まで全て女性が行っており、男性は護衛の為のメイジと衛兵だけらしい。 ほんと、良い趣味してるわよね、と憎々しげに呟く女性の雰囲気から、恐らく全てのメイドがモット伯の夜のお世話をしているのだろう。 なんとなく、メイド達の活気が無いのも無理はないなぁと、シエスタと一人頷いた。 ともあれ、食事と言うのは口から摂取し、尚且つ料理の味で薬の苦味なども誤魔化しやすい。 幸いにして、シエスタと組んだもう一人のメイドは、愚痴を溢しながら自分の仕事に集中しており、何をしようが気付かれる事は無い。 適当に相槌を打ちながら、シエスタは薬包紙の中身を少しずつ、モット伯の料理へと混ぜていく。 シエスタが、何故このような薬を、大量を持っているのか。 それは、彼女の曽祖父が残した手記によるものだ。 東の地から来たとシエスタが聞いている曽祖父は、博識であり、 彼が暇な時に戯れに残した手記には、様々な豆知識にも似た生活の知恵が記されていた。 他人から嫉まれず、馬鹿にされないように生活していたシエスタは、曽祖父の残した手記を読むのが何よりの楽しみとなっていた。 手記の中には、自分がこれまで知らなかった事や、当たり前のように思っていた事の真実など、幼いシエスタの好奇心を満たす様々な事柄が書いてあった。 手の大きさで対象との距離を測る方法。 卵を片手で一気に三つ割る方法。 そして・・・・・・一つの言葉。 何故、曽祖父がその言葉を手記に記していたのかは、今となっては分からない。 ただ、曽祖父の手記に一貫して書いてあるその言葉は、 シエスタにとって、金銀細工の装飾品より、彼女の心を掴んで放さなかった。 ―――私は、ただ植物のように平穏に生きたかっただけだ――― 平穏に生きる。 言葉にすると単純だが、実際問題実践するとなると、案外大変なものだ。 それも、平民のような貴族のさじ加減一つで、死ぬような者は特にだ。 シエスタは、薄々気付いていた。 手記に記されている、この言葉を実行するには、何者の干渉を吹き飛ばす『力』が必要になると。 故に、彼女は『力』を準備していた。 非力で魔法も使えない自分の『力』 子供の頃から野山に入り、茸や薬草に関しての知識を高めていったシエスタは、その『力』の在り処を薬に求めた。 それが、この薬の山だ。 だが、準備をしていたこの薬の山も、今までは、まったくと言っていい程、役には立たなかった。 それもこれも、彼女には『立ち向かう意思』と言うものが、根本から欠落していた為だ。 平民にとって、一種の洗脳とも言える貴族へと畏怖は、平穏に生きると言う目標を持っているはずのシエスタからも、貴族に対する反抗心を奪っていた。 例え、薬の効力が100%だろうと、貴族ならばどうにかしてしまうのでは無いか? そんな疑念がシエスタの心にはあった――――――この間までは。 そう、平賀才人と言う少年が、ギーシュと言う学生だが、れっきとした貴族を倒してしまった時から、シエスタの心から、疑念も畏怖も消え去らしてしまった。 簡単な話だ。 自分と同じ身分の者が、貴族を倒した。 その事実がシエスタに、欠落していた『立ち向かう意思』を作り上げ、貴族が畏怖の対象では無い事を教えてしまったのだ。 こうなると、もはや彼女に怖いものは無い。 自信が付いたと言えば聞こえが良いが、簡潔に言えば、シエスタは調子に乗っていた。 普通の人間ならば、調子に乗った所で、貴族に対してのどうしようもないパワーバランスに、やがては気付くだろうが、シエスタの場合は、その限りでは無い。 何故なら、彼女は用意していた『力』があり、性質が悪い事に、その『力』は半端な貴族には太刀打ちできない程に強力であったからだ。 「どうぞ、メインディッシュでございます」 ソテーされた牛肉に濃厚なソースが絡められている料理をモット伯の目の前に出したシエスタは、テーブルに腰掛けている他の貴族を見渡した。 どれもこれも、下駄な笑みを浮かべて自分の事を――――――より正確に言うなら自分の体を見ている。 明らかに好色が見受けられるその目に、シエスタは吐き気をするのを堪えて、さっさと厨房へと引き返す。 彼女の耳には、聞く事すらおぞましい会話が流れてくる。 「ほぅ、あれが今日入った娘ですか。 なるほど、気立てのよさそうな娘ですなぁ」 「発育も中々で、これは味見のし甲斐があるのでは?」 「はて、味見とは何の事かな、私には何の事かさっぱりなのだが」 「これは失礼、伯爵。失言でしたな」 ガハハ、と耳に残る笑いにシエスタは無表情で口元を押さえる。 ふと、押さえている手に目がつく。 (嫌だ・・・・・・もう爪がこんなに・・・・・・) こまめに切っているはずのシエスタの爪は、何故か今日に限って異様に長くなっている。 伸びすぎた爪は、まるで獲物探して回る猛禽類の鉤爪のように、鈍い光を燈していた。 ルイズと才人がモット伯の屋敷へと着いたのは、彼らが食事を終え、酒を片手に談笑をしている最中であった。 途中、『疲労』のDISCを抜けば良い事に気がついたルイズが、馬の頭からDISCを抜き、凄まじい勢いになったので、予定よりも遥かに早く着く事が出来た。 その所為で、乗ってきた馬が(疲労を忘れさせていただけで、無くした訳では無いので)潰してしまったが、彼女にとってそれは些細過ぎる問題であった。 門番に、ヴァリエールの名を出し急ぎモット伯へ取り次ぐように言うと、彼女達は応接間へと通され、そこで待つように告げられた。 待つ事、十数分・・・・・・・・・・・・奇抜な衣装に身を包むモット伯と衛兵二人がルイズと才人の前に現れた。 「これはこれは、夜分遅くに一体何の用ですかな?」 もったいぶったようにゆっくりとした喋り方で、訪問の理由を問い掛けるモット伯にルイズは、フンッ、と鼻を鳴らすと手早く目的を告げる。 「今日、引き取ったメイドが居るでしょう」 「んっ? ・・・・・・あぁ、あの娘ですか。 確かに、居りますが・・・・・・何か御用でも?」 「あんたの犠牲者をこれ以上増やすのは、女として、貴族として許せたものじゃない。 だから、そいつは私が引き取るわ」 ルイズの発言に、モット伯は驚きのあまり目を丸くしてルイズを見ていたが、やがて、くすくすと忍び笑いをし始めた。 眉を顰めるルイズに、いやいや失礼と言いながらモット伯は口を動かす。 「はて、犠牲者とは一体何の事でしょうか? 私には皆目検討もつきませんが」 とぼけるモット伯の様子に思わず、プッツンしそうになったルイズであるが、彼女よりも辛抱ならない人物が、今、この場に居た。 「とぼけるな!! シエスタは何処だ!? 何処に居る!?」 自分自身驚く程の剣幕で、才人はモット伯に詰め寄るが、近づく前に衛兵の槍がその行く手を遮る。 「威勢が良いのは褒め所だが・・・・・・見た所、君は平民のようだな。 下がりたまえ。貴族相手にその態度・・・・・・命が幾つあっても足りないぞ?」 「うるせー!! 貴族貴族、そんなに貴族が偉いのかよ!! シエスタを返せ!!」 貴族が偉いのかよ、の件でルイズの眉が動いたが、まぁ、使用人の教育は後ですれば良いと、とりあえずルイズはその発言をスルーしたが、モット伯は違った。 彼も一応はトリステイン貴族。傲慢と自尊心の塊である彼は、貴族全般に言える事だが、侮辱に対して敏感である。 「・・・・・・貴族に対して、私に対して、その態度、気にいらんな」 「そりゃ良かった。立場を利用して女を嬲る奴に気に入られたら、鳥肌が出ちまう」 ルイズは思った。 もしかして、この使用人。人を怒らす事に関しては、かなりの腕を持っているのでは無いのか、と。 事実、モット伯は、明らかに怒りを抑えている表情をしている。 公爵家の娘である自分が連れてきた平民で無ければ、今すぐに八つ裂きにしているだろう。 「サイト、少し落ち着きなさい」 「俺は十分、落ち着いて――――――」 「いいから! 少し黙ってなさい!!」 幾ら挑発をして貰っても構わないが、戦闘になるのはマズい。 自分の怪我は、まだ完全に治っていない。 それはつまり、ホワイトスネイクもまた普段通りの性能を出せないと言う事だ。 これが、どうしようもないドットやラインクラスの連中ならば歯牙にも掛けない事なのだが、相手は、あの娘と同じトライアングルのメイジ。 なるべく戦闘は避けなければならない。 「君の所の平民は、どうも躾がなっていないようだね」 憮然とした顔で告げるモット伯に、ルイズは、えぇと頷きながら、一歩前へと進んだ。 ホワイトスネイクは、今は消えている。 あの奇妙な格好は見る者の警戒心を煽り、今からルイズがすることの邪魔になると考えたからだ。 「躾が出来ていないと言うのは同意しますが・・・・・・」 言いながらルイズは、モット伯へと近づいていく。 10メイル 「立場を利用して女を嬲る・・・・・・の件は、私も同意するところですね」 ゆっくりと、しかし確実に歩を進めるルイズ。 8メイル 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」 険悪な表情で、自分の耳に入った言葉を聞き返す、モット伯。 6メイル 「ですから、自分が貴族であることを利用して女性を言いなりにするなんて 誇り高いトリステインの貴族がすることではございませんね」 くすり、と蔑みの笑みを溢す。 4メイル 衛兵の槍がそこから進むのを拒む。 どうやら、ここまでが限界のようであったが、もう十分に近づいた。 「なんという謂れ無い侮辱だ!! 幾ら公爵家の娘であろうが、これ以上の横暴は命を縮める事となるぞ!!」 「命を縮める? 縮めてるのは・・・・・・あんたの方でしょう!!」 瞬間、ホワイトスネイクが槍衾を越え、モット伯の眼前へ出現し、その魔手を振り上げ一気に振り下ろす。 誰も彼も、あまりにも突然過ぎる闖入者に反応できず、結果、ホワイトスネイクの手はモット伯の顔面に喰らいついた。 「サイト!!」 才人は、ルイズの一声に呆気に取られていた顔を切り替え、背中の剣を振り抜く。 間合いには、すでに入っている。 「キタキタキター!! やっと抜いてくれたな、相棒!!」 「あぁ、抜いたからには役に立てよ!!」 振り抜いた勢いのままの袈裟懸けで、槍を打ちつける。 槍越しに伝わってくる衝撃に堪らず手を放して、武器が無くなった衛兵にデルフを突きつけ 「まだやるか?」 戦闘の継続を確認する才人に、彼らは両手を挙げ降参のポーズを取った。 元より、はした金で雇われた連中だ。自分の命を危機に晒して戦う忠誠など無いに等しい。 「よくやったわ、とりあえず、そのままそいつらを見張っておいて」 手早く衛兵を無力化した才人に褒め言葉を口にし、ルイズはモット伯の頭に手を突っ込んでいるホワイトスネイクの隣に立つ。 「どう?」 「反吐ガ出ルトハ、コノ男ノ為ニアル、ト君ハ言ウダロウナ」 何時も通りの感情の揺れがまったく感じられない声を発しながら、 ホワイトスネイクはモット伯の頭から一枚のDISCをルイズへと差し出した。 「視テミルカ? 中々ニ刺激的ダト思ウガ」 差し出されたDISCを頭部へ挿しこむと同時に、モット伯の『記憶』がルイズへと流れ込んでいく。 泣き叫ぶ少女。 笑う男の声。 血に塗れたシーツ。 虚ろな目から零れる涙。 助けを求め、動く口。 あまりのおぞましさに、ルイズは乱暴にDISCを抜き取った。 「何よ、これ・・・・・・何なのよ、これ!!」 どうしてこんなに惨い事が出来るのか。 例え、平民の娘だとしても、このような扱いをして良いはずが無い。 湧き上がる不快感と嫌悪感から、ルイズは『記憶』DISCを抜かれ呆然としているモット伯を思いっきり、蹴っ飛ばした。 『記憶』DISCを抜かれた者は軽度の者ならば、自分が何者であるかを見失う程度であるが、今のモット伯のように全ての『記憶』を抜かれた者は、まさに生まれたばかりの人間のようになり、自分がどのように寝て、どのように起きて、どのように食べて、どのように生活していたかを全て忘れる。 つまり、今の彼のように心神喪失状態になり、何も考えられないようになるのだ。 だが、生温い。 あれだけの事をしていたと言うのに、たかだか生きる屍と化しただけでは生温い。 ルイズの考えを察したのか、ホワイトスネイクは、もう一枚、『記憶』では無く才能のDISCを抜き取ると、全力でモット伯の股間を蹴り上げた。 プチリ、と男性が聞くと発狂しそうな音が周囲に響く。 才人も、衛兵も、咄嗟に自分の切ない部分を押さえて、痛みを堪えるように顔を顰める。 それだけの事をやったのは確かなのだろうが、それでも憐れだと感じてしまうのは、同じ男性としての性だろうか。 どさり、と倒れこむモット伯の頭にルイズは『記憶』DISCを戻す。 「アグウワァァァァァァァァァ!!!!」 意識が戻ったモット伯は獣のような雄叫びを上げ、両手で股間を押さえ込む。 「無能ならぬ不能なんて、貴方らしい末路ね」 小馬鹿にしたかのように、フンッ、と鼻を鳴らし、今度は衛兵へと向きを変える。 凍りつく衛兵だったが、次の瞬間に始まった、醜い命乞いならぬ、息子乞いにうんざりとした顔でルイズはホワイトスネイクに命じる。 軽く頷いたホワイトスネイクは、DISCを二枚取り出し、それぞれの衛兵の頭に挿しこむ。 それっきり、彼らの口が開く事は無かった。 それどころか、彼らは無言で叫び声を上げるモット伯を抱え、応接室を出て行ってしまったのである。 「何したんだよ」 暫く呆気に取られていた才人であったが、明らかに挙動がおかしくなった衛兵の事を問い詰めるとルイズは、ふふん、と自慢げに口元を吊り上げる 「・・・・・・男として機能しなくなったんだから、今度は女として教育してあげるように『命令』しただけよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うげぇ」 めくるめく官能的な男色を思い浮かべてしまい、思わず喉から胃液が出そうになる。 ホワイトスネイクが命令したのなら、容赦など欠片も存在しないだろう。 となると、良くて朝まで、下手をすると丸一日、掘られる事態に陥るに決まっている。 「自分が行った行為が、どれだけ苦痛な事か・・・・・・身を持って知りなさい」 ルイズにしてみたら殺されるより酷い仕打ちをしているつもりなのだが、実問題、不能にされた挙句にカマを掘られるのが、死ぬ事より辛いかは才人には分からなかった。 付け加えるなら、分かりたくも無い。 「さてと、さっさとメイドを連れて帰るわよ」 「良いのかよ、勝手に連れていって」 「良いのよ。向こうが難癖付けてくる頃には、私の怪我も治ってるから」 怪我が治ったのなら、別に騒動でも何でもござれだ。 まぁ、魔法の才能を奪われたと言うのに、その事を表立たせるような動きを、あの能無しが見せるはずも無いと思うが。 「ともかく、私が良いと言ったら良いのよ。ほら、分かったら、早くメイドの所に行って帰れるって事を知らせてあげなさい。きっと泣いて喜ぶわよ」 急かすルイズの言葉に、才人は今頃不安な気持ちで一杯であろうシエスタの事を思い出し、応接室から飛び出していく。 その後姿にルイズは、 「・・・・・・ご主人様に感謝の言葉ぐらい吐いてから行きなさいよ」 誰一人、自分とホワイトスネイク以外居なくなった応接室で、不満げにそう呟いた。 唐突に屋敷に響き渡った悲鳴に、爪きりをしていたシエスタは、薬が効く時間にしては少し早い事に首を傾げた。 (おかしいですね・・・・・・もう少し後に効能が出るはずなんですけど) おまけに、こんな叫び声をあげるなんて、予定には無い。 混ぜる分量でも間違えたか? いや、それは無い。 分量も確認したし、混ぜた料理を全て平らげたのも確認している。 どこにも、不手際など無く、完璧のはずだ。 しかし、そうなると、この叫び声は一体? 疑問と不安が織り交ざったような、言い知らぬ焦燥感に顔色が変わっていく。 「違う・・・・・・分量も完璧・・・・・・確認もした・・・・・・私は失敗なんてしていない。 だから、この悲鳴は私とは無関係・・・・・・」 呟きながら、シエスタは爪を噛んでいた。 ガリガリと、強く血が出る程に。 「・・・・・・タ・・・・・・ど・・・・・・・・・・・・シ・・・・・・」 ふと、耳に届く声に、シエスタは爪を噛むのを止めた。 聞き覚えのある声が、どたどたと足音を伴わせて、この部屋に近づいている。 シエスタは、その声の主が誰なのかに気がつくと、半ば呆然として立ち尽くしてしまった。 それは、ここに居るはずの無い、愛しい人の声。 忘れたくとも忘れられない、蠱惑的な手を持っている、自分に『立ち向かう意思』を教えてくれた人。 「シエスタ!」 「サイトさん!」 扉を凄まじい勢いで開き、聞き慣れた声と見慣れた姿で現れた少年に、シエスタは思わず抱きついてしまった。 先程の焦燥が嘘のように無くなっていくのが、シエスタにはまざまざと感じられた。 顔を見るだけで、声を聞くだけで、心の平穏が保たれる。 そんな心の拠り所が、目の前の少年である事を、シエスタは再認識することとなった。 「遅い」 屋敷の外に出た才人とシエスタに、ルイズが投げ掛けた言葉は、時間に対する文句であった。 「無茶言うな。シエスタの事を探すのにも時間が掛かったり、見つけてからも、二人で必要な荷物を見繕ったりとか、大変だったんだぞ」 「ふ~ん」 才人の反論に不承不承ながら、ルイズは納得した。 シエスタが、今持っている荷物は、手提げのバスケットと旅行カバンが一つ。 あれだけの時間で、それだけ荷物を纏めてきたのなら、むしろ褒めるべきが正しい形である。 「ところで・・・・・・どうやって帰るんだよ。 乗ってきた馬は、へばってもう走れないんだろ?」 「それなら大丈夫よ・・・・・・ここにも馬は居るから、それを借り――――――る必要は無さそうね」 何処と無く、緊張したような声色で告げるルイズの横で、ホワイトスネイクが何時も無表情であるはずの顔に憤怒を張り付かせ、空を見上げていた。 それに釣られて、才人とシエスタも空を見上げる。 二つの月が輝く空には、全長が6メイルもある竜がゆっくりと羽ばたきながら、ルイズ達へと下降していた。 地面へと降り立つ最中、竜の背中から少女の顔が覗く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙のまま見つめあう二人に、薄ら寒いものを感じた才人は、一歩どころか、五歩程度ルイズから遠退く。 「何の用?」 竜が完全に地面へと降り立つと同時に、地面へと降りた少女へ、油断無く問うルイズに、 少女は、自分の背より大きな杖を地面へと落とす。 「話がある」 杖を落とすと言う事は、メイジにとって戦う手段を放棄すると言う事だ。 動物で言うならば、腹を見せ、降伏を誓う動作に等しい行為に、ルイズは少女の、話があると言う言葉の重さを悟る。 「話なら後で聞くから、今は学院に送ってくれる?」 地面に落ちた杖を拾い、訊ねるルイズに、少女は頷き自らの使い魔へと言葉を掛ける。 主の言葉に従い、その身を伏せた竜の背に乗るルイズに続き、才人とシエスタは少女へと軽くお辞儀をしながら、竜の背中へと乗り込む。 最後に少女が竜の首の部分に乗り、手でトントンと頭を軽く叩くと、竜はキュイキュイと鳴きながら、大空へと羽ばたくのだった。 初めて竜に乗ったシエスタは、馬では味わえない感触に興奮しながら、モット伯の屋敷の方を見る。 「サイトさんが来るのなら、お薬使うんじゃなかったなぁ」 あれも、結構高かったのに、と惜しむように呟く言葉は、風の音に紛れ、虚空へと消え去るのだった。 ベッドの上に寝かされているモット伯は、屈辱と怒りでごちゃまぜになりながら、下半身から絶えず発せられる痛みに悶えていた。 自分の事を運んできた衛兵達は、今は部屋の外で声を張り上げている。 聞こえてくる内容は、不手際から怪我をしたモット伯、即ち自分が、自らの魔法で治療している為、誰も彼もこの部屋に入っていけないと言うものだった。 最初、何を言っているのか分からなかったが、次第に状況が読めてくると、いますぐに違うと叫びたかったが、先程まで叫び声をあげていた喉は枯れ果てており、もはや単音すら満足に発音できない。 部屋の外に出ようとしても、今の自分は動くだけで激痛を伴い、立ち上がる事さえ儘ならない やがて、部屋の外に集まっていた気配が、次々と消失していく。 恐らく、衛兵の説明に納得して部屋の前に集まっていた人々が散っていったのだろう。 完全に人の気配が消え失せると、二人組みの衛兵が、部屋の扉を開け、モット伯が寝ているベッドの近くまでやってきた。 二人は、まるで死人のように虚ろな表情で、自らの服を脱いでいく。 (なんだ! こいつら、一体何をするつもりなんだ!?) 脳で理解はしているが、本能はそれを認める事を拒絶するモット伯であったが、二人がベッドの上に這い上がってくると、流石に認めるしかなかった。 (私の・・・・・・私のそばに近寄るなああ――――――ッ!!!!) あまりのおぞましさに喉が張り裂けんばかりばかりに叫ぶが、やはり、声は出ない。 最後の最後まで、手で掴まれ、服を無理矢理剥ぎ取られても、モット伯は叫ぶ努力をしたが、結局、それは実る事が無かった。 結局、彼は30分間、シエスタ特製のお薬によって心臓が停止するまで、自分がしてきた行為を味わう事となったのであった。 第七話 戻る 第九話
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教師な使い魔 平民との決闘-原因は女絡みだった。 二股がばれたギーシュはモンモランシーに謝罪しに行った。 泣きながら怒るモンモランシーは何の謝罪も聞かずにどこかに行ってしまい、捜すのに一苦労した。 こんな危機は初体験ではない、今までだって乗り越えてきた。・・・が、今回はさらなる危機が訪れていた。 男がモンモランシ―の傍に居た。それも平民が。しかも・・・・・ 『口説いていた』ッ!!!! 男-シーザーにとって当然の行為だった。 一人寂しそうにしている女性を見れば相手をするもんだと思い、そのために吐く嘘は正しいと思っているほどだ。 そしてシーザーは、目を潤わすモンモランシーを慰めて(口説いて)いた。 何とか二人の間に入ったギーシュがモンモランシーに謝罪をするが、中々聞き入れてくれない。 「なによ、別にいいでしょ私のことはほっといてよ」ギーシュの弁解にモンモランシーはわざと突き放す態度をとり、シーザーの腕に抱きついて見せる。 「私にも浮気する権利が有るわよ。 あっ、アンタとは分かれたから浮気じゃないか」 「なななな、モンモランシー彼は平民だぞ。それも、ゼロのルイズの使い魔だぞ」 「『ゼロ』、か」シーザーはその言葉に一瞬冷たい態度をとる。 「あんたより、優しいし、ルックスも頼れる感じがして素敵じゃない。浮気する誰かさんとは大違いね」モンモランシーはそう言ってギーシュを冷たい目で睨む。 「ふふふ、そうか、分かったよモンモランシー」ギーシュは何かを吹っ切った陰のある目で二人を見た。 「えっ」モンモランシーはその言葉に焦りを見せる。 「決闘だ!! ゼロの使い魔君、僕と決闘したまえ!! そうすればどちらがモンモランシーに相応しいか分かる!!」 シーザーは怒っていた。 自分の主人-ルイズの性格は大体察していた。 彼は彼女の悲しい性質を見抜いた。 魔法が使えないコンプレックスから、他人と厚い壁を作り、虚栄を見せる。 せめてと貴族としての義務を全て背負い、愚直なまでに貴族らしく有る。 擦り切れていくのは、彼女の道だ。その道が擦り切られ続ければ、いずれ他の道との接点が無くなり、抜け出せない孤独に囚われるだろう・・・。 そのルイズをさらに傷つける言葉-「『ゼロ』のルイズ」 それを軽々しく使う奴をぶちのめす事で、その後ルイズにどんな影響を与えるかシーザーは知っていた。 主人の味方であることを示すため、「主人を侮辱した」という名目で決闘を受けた。 そして決闘。 噂を聞きつけてやってきた血気盛んな学生達はギーシュの圧勝だと思っていた。 だが男は不思議な呼吸音を響かせながら、ワルキューレを一体潰し、武器-剣を奪いその後錬成した七対のワルキューレを圧勝してみせた。 ―ゼロのルイズは面白い奴を召喚したな…。 ギーシュは突きつけられた剣をじっと見る。自分の中で「足りなかった感覚」が戻ってくる。 (ギリギリの! 死と隣り合わせの! こんな状況がぁぁ!! 僕を強くする!!) 「感謝するぞ平民!! こんな状況を待っていたんだ僕は!! さぁここからが本番だァァ!!」 狂ったか? まぁこんな状況だ。平民に剣を突きつけられ敗北しそうなわけだ、貴族として死にたくなる状況だな。と周りが好き勝手思っている頃。 (カエルを車に轢かせるのを楽しむ糞ガキかと思っていたが・・・。 こいつの目、『生き返り』やがった!! こいつにはここから逆転する『強さ』が有る・・・)今シーザーは止めを刺せない。いや刺してはいけない。ここからだ、ここから決闘は始まるんだ。 二人はそれを知っていた。 ギーシュは突きつけられた剣を、「握り締める」。 その手からは「血が流れない」 コオォォォォォ シーザーと似た呼吸音を発しながらニヤリと笑うギーシュ。 「どうした、君のチャンスだぞ?」 「マンマミヤ~。 仕切りなおしだ、ミスタ・ギーシュ。 ・・・まさか君が『波紋』を使えるとは、師匠の名前を教えてくれないかい?」 「『リサリサ』、僕の尊敬する師匠の名だ! 心に刻みたまえ」 「なっ、なんだとッ!?」 ギーシュは昔従者と散歩してた時に賊に襲われた事が有る。 歳が十に届くかどうかってぐらいのガキだった。 乗馬の練習の成果を確かめたくての散歩だった。近くの湖に向かって調子よく馬を操っていた。 その時茂みの中から矢を射られる。賊がギーシュ達を包囲する。 そんな時のために従者がいた、従者はギーシュの馬の手綱を奪い、馬を二頭操りながら駆けた。 もと来た道を振り返り、屋敷に向かった。逃げ道はそこしかない。 賊も行動を起こす、飛び掛った者もいたが従者の魔法でやられてしまった。 しかし彼等は数で攻めれば、メイジ一人には勝てると知っていた。 手を休めず、矢を射る。 矢はギーシュの馬に当たった。 ギーシュは馬から投げ出された、地面を転げ、顔に擦り傷を作り、見た。 一人逃げ続ける従者を。 従者も知っていた、メイジとはいえ自分一人で賊には勝てないと。 「待って! 待って! 待ってよぉ!!」頭もぶつけたので、視界が少しぼやけている、それが逆に想像を掻き立てた。 従者が養豚場の豚を見るような目でこっちを見たと思った。 -可哀想だけど、貴族の息子に生まれるってのにはリスクもあるってこと。政敵に命を狙われんのね。 って目だ。 ギーシュは一瞬、「戻ってきて助けてくれるのでは?」と思っていた。しかし希望は粉微塵になった。 振り返り賊を見る、自分がどんなめに遭うかは全く解らない。ただ夢の世界の終わりを知った。 行き過ぎたパニックを敵に見せるのを嫌い、それを押さえる。 そうすると不思議な冷静さが現れた。 -自分は想像の付かない、酷い目に会うんだろう? うん、解った・・・。生き延びるには、戦うしかない!! 一人になり、一切の庇護の無い状態になり、 少し闘志が沸いてきた。 「グラモン家三男、ギーシュ・ド・グラモン。 反逆者の相手をしようではないか!!」 この言葉は誰にも聞こえないような小さなものだった。さすがに啖呵を切るほどの度胸も経験も無い。 しかし戦う意思は動き出す。 震える手でバラを取った、彼自慢の護身用の簡単に携帯できるサイズの杖だ。 攻撃魔法なんてまだ知らない、格好付けるために持ってるだけだ。 しかし一つだけ魔法が使える。 サモン・サーヴァント 使い魔召喚 この魔法の話を聞き、是非自分にぴったりの使い魔を召喚したく新しい呪文を子供心で考えていた。まさかほんとに使う日が来るとは・・・。 杖を上げ、敵を睨み、微塵になった希望の先にある、闘志に火をつける。 「尊厳の中佇む、美しき覇者!! 月に照らされる悪魔を駆逐する、追放者!! 永遠を生きる愚者を刈り取る、狩人!! 僕が君を望む!!」 「サモン・サーヴァント」の魔法が形になっていく。 ギーシュの望みを何かがプッシュした。魔法は成功した!! 光が現れる。見慣れない魔法に賊は思わず動きを止め、身を潜める。 光は形を作り出す、使い魔が現れる。 できれば移動能力が高い奴に来て欲しい・・・。 現れたのは・・・一人の女性。 腰に届く長い髪、目を見張るナイスバディの美しい女性。 「ここは?」 女性は辺りをゆっくり見渡す。動きに色っぽさが有るが、その動きは戦闘者のそれだった。全く無駄の無い、どんな奇襲にも対応できる動き。 しかし敵は複数人いる。一人の武術家の登場で、状況は好転するだろうか? 「すいません。私が貴方を召喚しました」 「召喚? 聞きたい事は山ほど有るけど・・、それどころじゃないわね」辺りに充満する殺気を目でなでる。 「ええ、賊に襲われています。しかし貴女は無関係だ・・・」その先に言うことは「貴女は逃げて下さい」だ。 唯一の魔法は最悪の失敗。無関係の人間を危険に巻き込んでしまった。 貴族としてのグラモン家の人間としての最後の義務、最後の一言・・・、しかしそれを言う前に女性は言った。 「逃げる? それは勝てない戦いのときと、犯罪者のすることよ。 勝てないのも、犯罪者もあっちよ」 女性には息子がいた。息子が知り合いの石油王と一緒に誘拐されかけた事がある。 彼女にとって、この事件は他人事では無い。 ギーシュはこの奇妙な格好をした女性がおこしたその時の活躍を生涯忘れない。、そして自分の目標にした。 女性は奇妙な呼吸音を響かせながら歩き出した。 向かってくる敵を叩き伏せ、止めの一撃の時に一瞬光を発する。あれが彼女の能力なのだろう・・・。 辺りには意識を失った賊が散乱している。 ギーシュは劇を見終えたように錯覚した。女神が風のように敵をなぎ倒し、無力な少年を助けてくれる劇だ。 そして勝利した女神は舞台挨拶のため観客の前に再び現れる。 「終わったわ、行きましょう」女性は賊の馬を二頭を引き連れている。 ギーシュは近づき感謝の言葉を捧げる。何とかありきたりなお礼を言うことができた。 「貴方を何とお呼びすれば良いですか?」 「リサリサ、と呼んで頂戴」 ギーシュはリサリサをまばゆい太陽の女神だと思った。 屋敷までの道中に、「異世界」から来たことや、「使い魔」の話をした。 今後のことを相談し、暫らく屋敷で雇いリサリサが帰るための手段を捜すことにした。 ギーシュは何かを思い、リサリサと契約はしなかった。 (今思えばテレていたのだろう・・・。) 先に逃げた従者は屋敷から追い出された。 罪に問うこともできたが、あえてそれはしなかった。 無力さが原因だと知っているギーシュは、彼を罪に問うことに反対した。 自分の無力さから目を逸らすためか、彼に同情したのかは分からない。多分両方だろう。 リサリサを屋敷に新しい召使として雇い入れ、二年間共に過ごした。 その二年でギーシュは変わった。 リサリサに戦い方を何度も教えるよう頼んだ。そのたんびに断られたが、リサリサが一人で訓練してる様子を盗み見しながら、技術を亜流だが体得しようとした。 どうしても「波紋」の力が欲しかった。 メイジとしての訓練もしたが、何よりもリサリサに近づきたかった。 彼女の気高い姿に近づきたかった。 暫らくそんな事を続けていると、訓練中にリサリサから声をかけられた。 なんでも「波紋」の力は「生命のエネルギー」を扱うものだから、間違った方法で身に付けると自分の体に重大な欠陥ができてしまうそうだ。 そこで二つのことを提案した。 「波紋」の修行を止める道。 「波紋」の修行を本格的に始める道。 後者の辛さも説明されたが、ギーシュに迷いは無かった。 ギーシュはリサリサから波紋の修行受けることが出来るようになった。 リサリサは一度教えるとなったら、本質の全てを体得させようと厳しい訓練を課した。 いずれ帰る方法を見つけてすぐ帰るのだ。その時にギーシュの修行が半端になってしまってはいけない。とくに心構えについては、スパルタで仕上げられた。 リサリサが帰る手段を探しに旅に出るとき、ギーシュは家に残るように言われた。しかし何時もこっそり付いて行っては合流していた。 両親もリサリサが良い師匠だと解っていたのでそこは黙認していた。 リサリサとの旅は身を焦がす充実感があった。 オークの群れに囲まれたこともあった。 竜の巣に入らないといけないこともあった。 とても満たされていた。 そして・・・。 リサリサが帰る瞬間はあっという間に来てしまった。 ある村に残された書物に可能性が書いてあった・・・。 ある場所で扉が現れるらしい。 とにかくそこに行ってみる・・・。 偶然・・いや運命が、その日は扉が開かれる条件を満たしている日だった。 そしてそこに辿り着いた。 扉は開かれていた。そこは目に見えないが風の流れ方が違った・・・。 その前に佇むリサリサ。 別れの時が来た・・・! ギーシュは、リサリサに行って欲しくなかった。 しかし貴族のプライド、男の意地がそれを止める。 -今ここで引き止めたら、マンモーニじゃないかッ!! 「ギーシュ、立派になったわね・・・」 ギーシュはその声に体を強張らせる。終わりを悟った。 「前にも言ったけど、私は前の世界にやり残したことがあるの。柱の男達の復活は近づいている、帰ったらもうすでに復活しているかもしれない・・・」 -行って欲しくない。 「人には運命が有るわ、私には私の運命、やるべき事が。 彼方には、彼方の運命が何時か来るわ。 それに立ち向えるだけの力を彼方は持っている。 彼方が学んだことの全てが輝く日が来るわ」 -行かないで。 「さようなら、ギーシュ。 どんなに離れても愛してるわよ・・・」 リサリサも二年間を共に過ごした弟子に愛情を持っていた。 -行かないで。 逃げる奴には簡単に使える言葉なのに、何でいえないんだ? リサリサはすでに背を見せている。 始めてリサリサを見た時から変わらない、ずっと見続けてきた、ギ-シュの追ってきた姿。 -ああ、これが戦士の出陣だからだ。 止 め れ る 訳 が 無 い !! 「先生!! 有難う御座いました!! ギーシュ・ド・グラモンはリサリサ先生から焼き付けられた、 『勇気』を生涯忘れません!!」 リサリサは振り返らない。満足そうに足を進めた。 ・・・それからリサリサに会った事は一度も無い。生涯の別れになっただろう。 たまに悲しくなるけど、それでもいい。 リサリサとの出会いはギーシュの心を熱くした。 もう無力感が立ち塞がったりしない。 熱い情熱がこの身を動かす。 -また旅に出よう!! 「えっ駄目ってどゆこと?」 旅に出ようとしたら、両親に止められた。 リサリサがいたから、旅を黙認していたのだ。一人旅なんて、子供が大事な親なら反対して当然だった。 それにメイジとしての勉強も滞っている。 結局理由をつけて旅は却下された。 ギーシュも親に逆らうわけには行かないと思い、言いつけを守った。 自分の情熱に苦しめられる二年を送った。 その後トリスティン魔法学校に入学して、平民と決闘するまで、彼の魂はくすぶり続けていた。 シーザーとギーシュの決闘。 勝敗は付いていた。 ギーシュが殴りかかってから攻防が続いたが、ギーシュが圧倒されていた。 レビテーション、落とし穴、ワルキューレ、波紋、全て使って応戦したがシーザーの波紋を練った肉体に止めとなる攻撃には到らなかった。 波紋の訓練は続けていたが、シーザーの命がけの訓練とは質も量も違いすぎた。 それでも戦っていた、戦っていたかった。 「なかなかやるな、だがもう止めたらどうだ? その右腕もう動かないんだろ? 誰も君を責めたりしないさ、大健闘じゃないか・・・」シーザーが言う。 「君が僕と同じ状況で、自分から降参するかい? 腕をもがれようが、足を吹き飛ばされようが、後もうちょっとで勝てる相手に勝利を譲るなんてさ!!」 吼えるギーシュ。垂れた血がズボンを染めている。顔も血の線が入り、いい感じに男前になっている。 そして力の入らない利き腕を上げ、ひびの入った足を庇うのを止める。 「波紋」の呼吸も乱れているので、全身の痛みがよく解ってしまう。 最後の攻撃 残った波紋を込めてギーシュが攻める。 間合いを一気につめ、蹴りを放つ。 ギーシュの捨て身の攻撃を警戒してシーザーは素直にブロックする。 しかしその蹴りは目の前を通過していく。この一撃はフェイント。 蹴りの加速を利用し、口に咥えたバラを飛ばす。メイジの命とも言える、杖を捨てる攻撃。 「ヌヌウッ・・・!」シーザーの喉にバラが刺さる、ブロックの隙間を縫って。 「ふふ、波紋入りの薔薇のトゲは痛かろう」 喉をやられ呼吸を乱したシーザーの体は一瞬波紋のガードが解ける。 ギーシュはさらに体を回転させ、蹴りを放つ。 -この隙に一撃を入れねば勝機は無い!! 一撃は・・・入った!! シーザーは蹴りで飛ばされる。波紋のガード無しでくらってしまった。 -マンマミヤッ! とんでもない奴じゃないか!! 力の差を感じながらも、果敢に向かってくる。間違いなく好敵手!! シーザーが急ぎ喉からバラを取り出す。 か細い波紋の呼吸で喉の治療を開始する。全体の波紋は弱くなってしまった。 目の前にギーシュは佇んでいる。来る!! 「・・・」ギーシュはシーザーを見下ろし続ける。 「ギーシュ・・・!?」 「・・・」 「こ・・・こいつ。 ・・・気絶している・・・!」 さっきの攻撃で全ての波紋を使い切った。ギーシュは体を動かすエネルギーを出し切っていた・・・。 久しぶりの戦いだった。 惨敗だったが気分が良い。勝ってたらもっと良かったんだろうが、負けて良かったんだろうとギーシュは思う。 決闘の数日後、二人は親友になっていた。 二人は波紋の訓練を共に積み。よく一緒に行動した。 話したいことも、聞きたいことも山ほどあった。 (ちなみにギーシュの方が兄弟子になる。シーザーはリサリサが四年前に帰った後の弟子。) ただそれを快く思わない人も・・・。 「このバカ犬ーー!!」 「最低よギーシュ!!」 ルイズとモンモランシーである。 シーザーとギーシュこんなたらしな組み合わせが有るだろうか? 今回も見に覚えが有りすぎるどれかを目撃されたのだろう。二人の名誉のために言っておくが、二人は決してとっかえひっかえ遊んでいるわけではない。 シーザーはさびしそうな女性に話しかけ、元気付けてるだけだし(ちゃんと美味しいめにあってる。) ギーシュも女性を傷付けるのは酷い事と知っている。(女性にバラを振り撒いているだけだ) ・・・だめだ・・二人の名誉を守んのは無理だ。 その日、二人が保健室に一泊した。 一人は全身火傷と擦り傷を作っている。 もう一人は何かの薬品のせいか時折痙攣を起こしている。 そして二人とも何故か首輪を付けられていた・・・。 ルイズ 決闘の活躍で少しシーザーの評価を改める。がすぐにその本性がスケコマシで有ることに気づき、この奇妙な使い魔の女癖の悪さを直すために調教の日々を送っている。 シーザー 主人の名誉のために戦い少し良好な関係を築くが、すぐに台無しになる。 ギーシュとは友人として付合い、共に波紋の修行をしている。 ルイズのことは妹のように思い、大切にしている。 (ちなみに決闘では、殺傷力の高い波紋カッターなどは使わなかった。このことをギーシュに言うと、波紋で必殺技が作れることに驚き、自分の必殺技を考えるようになった) ギーシュ シーザーとの決闘に敗れる。その後友人になる。リサリサが無事に帰った話を聞き安心する。 当面の目標はシーザーに勝つこと。情熱の行き場を見つける。 たまにモンモランシーに怒られるが。なんとか上手いことやっている。 モンモランシー 決闘のギーシュを見て、結局よりを戻した。 ギーシュの女癖の悪さに苛立ち、惚れ薬の調合を始める。
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抜ける様な青空、ただ広大な野原が広がる空間。そよ風が吹き、鳥がさえずりながら空を舞う。これ程のどかな場所であれば老若男女問わず、やれ野を駆ける、やれピクニックにでも来ようなり思うだろう。 ドッゴォォォォォォォン!! そう!こんな場違いな爆発音が聞こえなければの話だがッ! 少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、はっきり言ってそこらのガキンチョじゃあ一発で覚えられる訳が無いほど長すぎるのだが、ルイズは困惑していた。 幾日も幾日も魔法を失敗し続け、いつの間にか「ゼロのルイズ」と言う不名誉極まりない渾名がつけられた。 このッ、誇り高きヴァリエール家のッ、三女たる自分がッ、という感情が勿論湧かなかった訳がない。 ただ、悔しかったのだ。 魔法がろくに成功しない。いいだろう、認めよう。 いつも失敗は決まって爆発であり、周りにかなりの被害も出しているのだろう。よし、これも認めよう。 あの、に、憎きツ、ツェルプストーを始め、周りの女よりも、そ、その、む、胸もないのもみ、認めようッ!ああ!自分は洗濯板だッ!大いに認めてやろうじゃあないかッ! それを引っくり返してやる程の力もッ!要素もッ!機会もッ! 悔しいのだッ!! 何一つ良いことがあった試しがない。 せめて、せめてこの時だけでもと、全身全霊をかけて臨んだこの儀式ッ! 術式が出来上がったのは問題なかった。だがッ! ドッゴォォォォォォォン!! よりによってこれだ。またアレだ。“爆発”だ。もうここまで来ると大爆笑だ。 美しく、気高く、力強い使い魔にきてほしかった。いや、くるハズだった。手ごたえは十分だった。 しかし、現実は非情である。 周りには爆発の余波で煙が立ち込め、視界が良くない。同期の皆が居たであろう人垣からは、 “また、ルイズは” “流石はゼロの・・・” などと聞こえてくる。ああ、またやってしまったのか。 そんな事を思い、気落ちしていたルイズであったが、次第に煙が晴れてくる。はて?目の前に人影の様なものが、影!?幾分かの救いを求めた彼女の眼前に、煙の向こうに現れたのは・・・・・ ・・・・鳥の巣の様な頭をした大男が倒れていた。 ZERO s BIZARRE SERVANT ―LEGEND IS ATTRACTED― ゼロの奇妙な使い魔-伝説は引かれ合う-
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漆黒のキャンバスに、赤の月が満ち、もう一方の月の色を侵食する夜。 闇色と朱色に彩られた庭園を、一人の幼い少女が駆けていた。 ―――はぁ……はぁ……はぁ…… 少女は、逃げていた。 嘲笑、蔑み、劣等感。 ありとあらゆる不の感情から逃げていた少女は、やがて一艘の船に辿り着いた。 ―――はぁ……はぁ、はあ…… 短く呼吸を正し、船に乗り予め用意されていた毛布に包まった少女は、みっともなく泣き腫らしている。 「―――無様ね」 少女しか居ないはずの船の上に声が響く。 苛立ったようなその声は、思い出したくも無い過去の失敗を穿り返された人間のそれに似ている。 誰にも見つからぬよう、声を押し殺し泣く少女だったが、不意にその顔が笑顔へと変化した。 頬を紅く染め上げ、はにかみながら笑う少女の視線の先には羽根つき帽子を目深に被った一人の男性が立っていた。 「子爵……様」 少女がその男性を知っているように、声の主もその男性を知っていた。 幼き恋心の対象。 そして、父と男性によって交わされている約束。 男性に手を引かれ、恥ずかしそうに船から降りた少女は庭園を後にする。 自分達を見つめている者の視線にまったく気がつかずに…… それもそのはず。 今、此処に展開されているのは、一人の少女の『記憶』 普段は日常に埋もれ、決して掘り起こされない、過去の事象。 それが、夢と言う幻燈機械に掛けられ、ただ一人の為に上映されているのだ。 観客はただ一人。 主役であり、脇役であり、脚本家であり、監督でもある存在。 その存在は、自らの過去である少女に侮蔑と決別の溜め息を吐きだして、幻燈機械を停止した。 「夢……か」 まどろみと陽射しに包まれ、何処と無く朦朧とした視線を漂わせる。 視界にあるのは、木々が生え、涼しげな池が存在する庭園では無く、一年間住み続けている自分の部屋であった。 「ホゥ、今日ハ、ヤケニ早イ目覚メダナ」 「存外に失礼ね、あんた」 椅子に座って、一枚のDISCを手で弄んでいるホワイトスネイクの軽口を適当に返事を返しながら、着替えをするルイズ。 性別不詳のホワイトスネイクを前にして裸になる事に、微塵の羞恥心すら無い事が、そこから窺い知れる。 手早く着替えを終えたルイズは、飽きずDISCを弄りとおしているホワイトスネイクに声を掛けて、さっさと食堂へと出かけていった。 食堂で、やたらと豪勢な朝食を食べたルイズは、その足で今日の授業が行われる教室へと向かう。 確か、今日の授業は、ミスタ・ギトーが講師を務めるはずだと思い出すと、朝からあまり良くは無かった機嫌が、一段と悪くなるのが分かった。 ミスタ・ギトーは『風』が最強と言う持論を生徒達にも強要する先生であり、その冷たい論調と傲慢な態度に嫌っている生徒も少なくない。 と言うより、ギトーを好きな奴を探すとなるとこの学院を、それこそ掘り返しても探さないと発見できないぐらいに嫌われている。 ルイズも、その例に漏れず、ギトーの事を嫌っている生徒の一人だ。 別に、何が最強と思うのは個人の勝手だ。 しかし、その考えを無理矢理他人に強要するところが、ルイズは好きにはなれなかったのである。 「あら、今日は早いのね。ルイズ」 「ちょっとね……そういう貴方も早いのね」 挨拶をしながら欠伸をするキュルケに、ルイズはそう聞き返すと、女の嗜みよ、となんだか良く分からない返答が帰ってきた。 ともあれ、教室の隣同士の席に座って話をしていると、暫くしてタバサも教室に現れ、キュルケに誘われ、同じ机に席を置いた。 女三人寄れば姦しいとは言ったもので、普段お喋りなキュルケはともかくとして、人並みに話すルイズと、普段まったく会話をしないタバサも、ぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせていた。 そうこうしている内に、授業の始業時間となり、ミスタ・ギトーが髪色と同じ真っ黒なローブを揺らしながら教室の扉を開け、教壇に立った。 「では授業を始める」 何の面白みも無く、淡々とした言葉遣いで始まりの挨拶をしたギトーに、生徒の大半は心の中で溜め息を吐いた。 学生と言う身分は勉強しなければならないと言う事は分かっているが、どうしてもそこに娯楽性を求めてしまうものである。 他の授業―――例えば、火の魔法の授業であるコルベールなどは、時々変な発明を授業で発表したりするが、 あれはあれで、そこそこ受けが良い。無論、外す時もあるが。 ともあれ、この授業は、娯楽性と言う点で言えば最低ランクのさらに下のランク外であり、生徒達はこの苦痛な時間が早く過ぎる事を祈っていた。 この時までは――― 「骨が燃え残るか心配なんですけど、私」 「何、心配には及ばない。君の炎は私のマントの切れ端すら燃やせないだろうからな」 睨みあうキュルケとギトー。 お互いに杖を引き抜き、すでに臨戦態勢だ。 こうなった理由は簡単である。 炎が最強であると言ったキュルケに、ギトーが、ならば君の力で証明してみせろとキュルケを挑発したのだ。 始めは乗り気で無かったが、家の事を引き合いに出されると彼女としても本気を出すしかない。 魔力で編まれた焔を、さらに巨大にさせた直径1メイルもの炎の弾は、喰らえば大火傷、下手をすれば命まで燃やし尽くされる程の火力を有している。 勝利を確信して焔を放つキュルケだったが、満を持して放った炎が掻き消され、自身もまた疾風によって吹き飛ばされた。 その光景に誰もが息を呑む。 普段、おちゃらけた態度で居る事の多いキュルケであるが、その実力は折り紙つきで、誰もが認める程であったからだ。 だと言うのに、ギトーは、キュルケに勝った事が規定事実のように、 少しの高揚も感じさせない声で『風』が最強であると言う、偉ぶった演説を始めた。 ルイズは、そんな演説などクソ喰らえだった。 吹き飛ばされるキュルケの身体を受け止めるように出現させたホワイトスネイクに彼女の身体を受け止めさせると、愛用の杖を握り締めて、こつこつと甲高い足音を響かせギトーへと向かっていった。 ギトーは突然立ち上がった生徒に眉を顰めたが、今、自分が吹き飛ばした生徒と同じくフーケ討伐で名を上げた生徒だと知ると、特に注意もせず、教壇と同じ高さに降りてくるまで待ってから、先程と同じように挑発から会話を始める。 「ほぅ、どうやら、君も『風』が最強と言う事に異論があるらしいな、ミス・ヴァリエール。 異論があるなら、先程の彼女のように私に魔法をぶつけてくると良い。 何、君に使える魔法があればの話だがね」 ギトーは、ホワイトスネイクの能力を知らない。 基本的に生徒に関して無関心である為に、生徒よりもさらに重要度の低い使い魔の事など、どうでも良いからだ。 その為、ギトーの中では、ルイズは魔法の使えない無能な生徒のままで時が止まっている。 ルイズは、とりあえずギトーの挑発を無視してキュルケの傍へと歩み寄る。 ギトーを如何こうするより、キュルケの体調の方が、重要度が高い為に。 「大丈夫、キュルケ?」 「平気よ。それにしても、ほんと、貴方の使い魔って有能ね。 あんなちょっとの時間で、私を受け止めてくれるなんて」 キュルケの言葉にルイズは、ちょっとだけムッとした。 確かに助けたのはホワイトスネイクだが、そうなるように位置やタイミングを合わせたのは、自分だからだ。 自分が行った行為に対する正当な賛美が無いと機嫌が悪くなる所は、まだ子供なルイズであるが、物事の切り替えの早さは、すでに他の人間と比べて特出するにまで至っている。 「それじゃ、ちょっと、あいつをとっちめて来るわね」 杖の矛先をギトーへと向けるルイズに、キュルケは、にんまりと笑った。 「手加減ぐらいしてあげなさいよ」 「あら、目上の人に手心を加えるなんて失礼じゃない?」 ルイズも釣られてニヤリと口元を吊り上げると、制服のポケットから一枚のDISCを取り出し、自分の頭へと差し込む。 巻き添えを食らわないように自分の席へと戻ったキュルケは、タバサに耳打ちをして、学生席を全て風の防護膜で覆う。 万が一の事態に備えた上の行動である。 ギトーは、風の防護膜に素晴らしいと言葉を漏らして、興味深げにタバサの魔法を観察していた。 彼にとって、ルイズなど眼中にすら入っていない。 典型的なメイジの思想を持っている彼にしてみれば、メイジ以外など下等も下等。 魔法を使えないルイズも、ご多分に漏れず下等に分類されている。 そんな事を知ってか知らずか、ルイズは詠唱を完了させると足元の地面を変換させる。 ルイズの魔法に、誰もが、『風』以外の属性を見下しているギトーですら唖然としてしまった。 石造りの床を錬金よって、質量保存の法則とかを強引に無視させ、天井までの大きさを持つ岩にルイズは創り変えたのだ 「先に行っておきますけど、死なないでくださいね?」 気持ち悪いぐらいに優しげな響きを持ったルイズの言葉と共に、その岩がギトーの方へと倒れていく。 もはや、魔法だとかそういう次元の話では無い。 相手は、火の玉でも無ければ氷の矢でも無く、土のゴーレですら無い、ただの岩の塊。 圧倒的な質量で自分に倒れてくる、その塊に必死で魔法をぶつけるギトーであったが、吹き飛ばそうにも、あんな質量の物体を弾き飛ばす事など彼には出来ない。 出来るのは、風によって、倒れてくる時間を引き延ばす事だけである。 「ぐっ、ぐぐ!!」 魔法の連続使用による負荷によって、ギトーは精神が飛びそうになったが、必死に意識を繋ぎとめる。 今、ここで意識を失えば自分の身体は………… その先は、考えたくも無い事柄だった。 「助け―――」 「命乞いなんてみっともないですよ、先生」 醜く、命乞いをしようと声を上げようとしたが、岩の向こう側に居たルイズが、何時の間にかギトーの隣で、チェシャ猫のように耳元まで裂けた笑みを浮かべて立っている。 ギトーは悟った。 こんな笑みを浮かべる者に、命乞いなど意味が無い事を。 そして、後悔した。 自分は、こんな化け物みたいな哂いを浮かべる者に、戦いを挑んでしまったと言う事を。 「うっ、うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 すでに限界は来ていた。その限界を死にたくない一心で騙し続けていたギトーであったが、とうとう魔法の発動が止まり、岩の動きを遅くしていた風が無くなる。すると、岩は凄まじい速度でギトーに倒れこんだ。 ルイズは、その叫び声を、まるでフルオーケストラを聴いているように、うっとりとした顔で耳に刻みながら、タクトの如く杖を振る。 「ぉぉぉぉぉおおおお…………お?」 こつんと、ギトーの頭に石が当たった。 岩がギトーを押しつぶす寸前、ルイズが錬金を解除した為に、元の質量に戻ったのだ。 ルイズは、ギトーの先程までの醜態に満足したのか、何も言わずにキュルケとタバサが座っている席へと戻っていく。 「ちょっとやり過ぎだったんじゃない?」 「あれぐらいなら良い薬よ」 「良薬口に苦し」 席へと戻ったルイズに少し困ったような調子で注意するキュルケと、ルイズの行動を肯定しているのか良く分からない言葉を呟くタバサ。 そんな三人の様子を見ながら、ギトーはふらふらと教室を出て行く。 「やや! どうされました、ミスタ・ギトー、まだ授業中ですぞ!?」 廊下に出ると妙に着飾ったコルベールと鉢合わせたので、授業の代役を頼むと、返事も聞かずにギトーは自室へと戻っていく。 今日は、もう、誰とも話す気にはならなかった。 ケツの穴に氷柱を突っ込まれかのように、おとなくしなってしまったギトーの態度は、『風』を最強と自負していた頃と比べると、見る影も無い程に衰えてしまっていた。 同じ頃、燦々と太陽の光が降り注ぐ中、ご主人様から預かった洗濯物を干している才人は、同じく、洗濯物を干そうとしているシエスタと話し込んでいた。 本来なら生真面目な性格であり、仕事中の雑談などしないシエスタであったが、 才人と一緒の時だけは、どうしても仕事が疎かになり、会話を楽しんでしまう。 それが駄目な事だと理解はしているが、どうしてもそれに『幸福』を感じてしまうシエスタは、それを直そうとは思わなかった。 「へぇ、シエスタの故郷って、そんなに良いところなんだ」 「はい。片田舎ですけど、村の人は優しくて、山には色々な果実が実ってて、ほんと、平穏なところですよ」 二人の会話は、何時の間にか故郷に関する話となっていた。 自分の故郷、タルブ村を事細やかに説明するシエスタに、才人は楽しそうに笑っていたが、不意にシエスタの表情が曇る。 「あれ……どうかした?」 「あっ、いえ……あの、すいません、無神経な事を話して」 申し訳そうに謝るシエスタに、はてと才人は首を傾げた。 一体、今の何処に無神経な事があったと言うのか。 「えっと……なんで、シエスタは俺に謝ってるの?」 疑問をそのまま口にすると、シエスタは益々、身を縮めて悲しそうな顔をする。 正直、グッときた。 「だって……サイトさん……自分の故郷に帰れないのに、私、故郷の話をして……」 シエスタの言葉に、才人は、手をぽんと叩いた。 そうか、確かに帰れない人に、帰れる人間が自慢するのは失礼にあたる行為かもしれないが、特に自分はその事に対して何も感じていない。 「いや、俺、そういうのあんまり気にならないからさ。 むしろ、シエスタが故郷の話を聞かせてくれるのは、凄く楽しいから、もっと聞きたいなぁ、とか思ってるけど」 才人の返答に、シエスタは良かったぁと安堵の溜め息を吐き、豊満な胸をほっと撫で下ろした。 「でも――――――とか思わないんですか?」 「え?」 聞こえなかった訳では無い。 ただ、どうしてかその単語が脳内で理解できなかったので、才人はもう一度聞き返す。 シエスタは、不思議そうに先程と同じ内容を繰り返した。 「ですから、故郷に帰りたいとか思わないんですか?」 「――――――――――――あっ」 帰りたい――――――才人は、自分の中に在り得なかった、その発想に愕然とした。 思えば、異世界である此処に迷い込み、シエスタの曽祖父が自分と同じ世界の人間かも知れないと聞かされた時でも、 自分の頭に『帰る』と言う考えは浮かばなかった。 何故ならその考えは………………無駄だから? 「サイトさん?」 「あっ……れ?……」 シエスタの怪訝そうな声に、今まで考えていた事柄が思い出せなくなる。 「えっと……何の話だっけ……あぁ、そうだ、シエスタの故郷の話だったっけ?」 何処と無く不自然な顔をした才人に、シエスタは何も言わず、心配そうな視線を向けてくる。 才人は、自分の中に何か釈然としないものがあるのを感じながら、それについて考える事を放棄した。 放棄せざるをえなかった 「そういえば、前、聞かせてくれたけど、シエスタの故郷に秘宝みたいなのがあるとか言ってたよね? それって、どんなものなの?」 才人の何事も無かったかのような態度に、シエスタは何かを言おうとしたが、軽く頭を振ってから質問に答える。 「うちの曾御爺ちゃんが残したモノなんですけど……その『悪魔の牙』って―――」 「あっ、シエシエ、見つけた~!」 シエスタの口から、なんだか物騒な単語が出るのと同時に、シエスタと同じメイド服に身を包んだ少女が、才人とシエスタの近くまで走ってきた。 「どうしたんですか、そんなに急いで?」 同僚の慌しい雰囲気に、シエスタが尋ねると帰ってきた答えは意外なモノであった。 「王女様! アンリエッタ王女様が此処に来るんだって!!」 メイドが息を切らしながら伝えた内容に、才人とシエスタはお互いの顔を見合わせた。 四頭のユニコーンに引かれた特別製の馬車が、魔法学院の正門を通過し、姿を現すと、王女の到着を今か今かと待ち侘びていた生徒達は、一斉に杖を掲げた。 件の三人組も、他の生徒達と同じように杖を掲げていたが、心情は他の生徒とは若干違いがあった。 キュルケは、清楚で穏やかな王女よりも自分の方が綺麗じゃないかと詰まらなそうな顔をしていた。 タバサは、トリステインの王女自体にそこまで興味が無かったので、杖を掲げているだけで何も考えていない。 強いて言うならば、今日の晩餐は、王女が来たお陰で豪勢になると考えていた。 ルイズは、何か……遠い何かを見るような目でアンリエッタを見つめていた。 「思ウ所ガアルト言ッタ顔ダナ」 「別に……時間の流れって、無情って思っただけよ」 隣に立つホワイトスネイクの声に、返答したルイズは、馬車が見えなくなると同時に部屋へと戻る為に、踵を返した。 今のアンリエッタに、昔のような、見ると安心するような笑みは無かった。 彼女の顔にあったのは、張り付いたかのような作り笑いのみ。 幼少のみぎりに共に遊んだ少女は、あそこには居なかった。 あそこには、ただの王女が居るだけ。 「ほんと……無情ね」 ぽつりと、誰に言うでもなく呟いた言葉にホワイトスネイクは何も言わずに、ルイズの後に続くのだった。 その夜、夢と同じような赤色の月が光を提供する部屋の中で、ルイズは熱心にホワイトスネイクと会話するタバサを見ていた。 夜分遅いと言うのに、部屋に留まる蒼髪の少女にルイズは、頑張るものねぇ、と呟く。 「挑戦」 一通りホワイトスネイクとの会話を終え、手に持っていた一枚のDISCをタバサは、何の躊躇いもなくDISCを挿し込み―――案の定苦しみ始めた。 「はぁ……ホワイトスネイク」 落胆したかのようなルイズの声は、もう三度目だ。 ホワイトスネイクは、その声に反応し、これもまた三度目となるDISCの強制排除を実行する。 「……失敗」 自分の頭から抜き取られたDISCを渡されながら、苦々しげに呟くタバサだったが、何処と無く声に覇気が感じられない。 「今日ハココマデダ。ソロソロ、精神力ガ限界ダロウ」 ホワイトスネイクの言葉に頷くタバサは、ルイズに一礼をしてから、よろよろとおぼつかない足取りで部屋から出て行こうと扉に手を掛け、掴まれた。 「そんな危なっかしい歩き方しか出来ないのに、部屋を追い出したんじゃ、私がキュルケに叱られるわ。 少し、休んでいきなさいよ」 語尾を強めるルイズに、タバサは思わず頷いてしまう。 そのまま勧められるままに、テーブルの椅子に座るタバサだが、この申し出はありがたい。 正直、眩暈と吐き気によって気分が最悪で、部屋まで歩けるか分からなかったからだ。 「でも、あんたも頑張るわよね……初日から、こんなに気合入れるなんて」 「…………」 「まぁ、『力』を使いこなせるようになれば、便利だから頑張るのは分かるけどね」 あふ、と欠伸をして、眠たげにベッドに横になるルイズを見るタバサの瞳は、何時も通りの無感動を映している。 「相変わらず、人間味の無い眼をしているわね、あんた」 「自覚は無い」 「でしょうね。そんな眼、自覚してやってるとしたら、相当、性質が悪い奴だから」 タバサの体調が回復するまで、取り留めの無い話を振っていたルイズであったが、扉のノック音が部屋に響くと同時に、半分閉じかけていた目を強制的に開かせ、扉の方へと視線を向けた。 始めに長く二回、その後、短く三回ノックされたのを確認してから、ルイズは立ち上がり、扉を開けた。 扉を開けると、そこには黒頭巾を被った少女が、頭巾と同じ色のマントを羽織って立っていた。 「まさか……」 頭巾越しに分かる少女の顔立ちに、ルイズは驚きからか、言葉を漏らす。 少女は、ルイズの言葉に反応するように部屋へと入り、扉を閉めてから杖を振るった。 ホワイトスネイクが警戒の色を濃くし、何時でも少女の頭蓋を砕ける位置に立っている事に気がついたタバサは、声を掛ける。 「魔法での仕掛けが無いか確認しただけ」 その説明に、頭巾の少女は頷きながら頭に被った布を取り去る。 「驚いた」 本当に驚いているのか、激しく疑う程に単調に呟かれたタバサの言葉は、頭巾を取り去った少女―――アンリエッタ王女へと向けられたものだった。 「姫殿下」 アンリエッタ王女の眼前に居たルイズ、恭しく膝をついた。 そこに、タバサは違和感を感じた。 貴族たる事を、絶対として扱っているルイズにしては珍しく、その仕草に何処と無く不自然さが付き纏っていたからだ。 「あっ、ほら、あんたもさっさと―――」 「良いのよ、ルイズ。貴方のお友達なら、私にとってもお友達だもの。 ルイズも、ほら、立ち上がって。友達に対して膝をつく人なんて居ないでしょう?」 優しげであり、母親に抱かれるような抱擁感を覚えさせる声に、タバサは思わず息を呑む。 なるほど、確かに王女と言うだけはある。 風格と仕草、それに何者をも癒すかのような声には、カリスマに満ち溢れていた。 普段から、トリステインの王族は執政者としては他の王族に格段に劣っていると聞き及んでいたタバサは、よくそれで国が動いていると思っていたが、なるほど、このカリスマは、王族としては一流だ。 そこまで考えて、不意にタバサの顔に影が落ちた。 それは如何なる思考の果てなのか、無感動を歌うはずの彼女の瞳は、その時ばかりは揺れに揺れていた。 幸い、昔話に花を咲かせている、ルイズとアンリエッタは気付かなく、気付いたホワイトスネイクも別に声を掛ける義理も無いので放っておいた為に、彼女の思いが外に出る事は無かった。 「あの頃は……本当に楽しかったわね、ルイズ」 昔話が一頻り済んだ時に、アンリエッタはぽつりと懐かしむように呟いた。 「えぇ、本当に……」 それに対して相槌を打つルイズは、今朝見たアンリエッタと、今のアンリエッタの違いに内心、物凄く驚いていた。 あの時は、作り笑いを浮かべ、民に対して手を振るうだけの人間になってしまったと思っていたが、今、こうして目の前で話すと、昔のままのアンリエッタが存在している。 (人間って、凄く便利な生き物なのね) (何ヲ今更。人ハ、誰彼モ欺イテ生キテイケル、唯一ノ生キ物ダゾ?) 呆れたようなニュアンスを含んだホワイトスネイクからの返答に、そうなのかしら、と思いながら、ルイズはアンリエッタの言葉に返答していく。 だが、話の合間に溜め息を吐き続けるアンリエッタに、ルイズは眉を顰めた。 タバサに顔を向けると、彼女もまたルイズと同じ結論なのか首を縦に振る。 「あの……姫様、どうかなさったんですか?」 「えっ?」 「先程から溜め息ばかりを……何か、悩み事があるのでは?」 疑問系で聞いたルイズだったが、アンリエッタに何か悩み事が存在する事は確信していた。 思えば、もう何年も会っていない友人に会いに来て昔の話をしたのも、恐らくはその悩みで磨耗した気を紛らわす為だったのだろう。 「あぁ、ルイズ……やはり、貴方には分かってしまうのね。昔から友達である貴方には……」 誰でもあんなに溜め息を吐けば分かると言うものだが、それに突っ込むものは居ない。 ともあれ、アンリエッタは、眼を真っ直ぐルイズへと向けようとしたが、その前に、椅子に座っているタバサへと視線が逸れた。 「すいません。この話は国の重要事項であり、信頼の置ける人物にしか……」 「分かった」 申し訳無さそうに述べるアンリエッタに、タバサは立ち上がり、一礼してから部屋の扉に手を掛ける。 調子の悪さも、きちんと歩けるぐらいには回復していた。 「じゃあね、また明日……かしら」 後ろから掛けられたルイズの言葉に、振り返らずに頷いたタバサは、服のポケットに入っているDISCの重さを確かめながら、部屋を後にした。 「これで、今、この部屋に居るのは、私と私の使い魔のみ……話していただけますか、姫様」 タバサが完全に遠のいたのを確認してから、ルイズがそう言うと、アンリエッタは重々しく頷き口を開いた。 「そうですね…………では、話しましょう。私が、夜も眠れぬ程に悩む事柄を―――」 憂いを張り付かせ、笑みが掻き消えたアンリエッタの表情に、今更ながら、厄介事に巻き込まれる事になると気が付いたルイズであった。 第十話 後編 戻る 第11.4話
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その男は自分は死んだと思っていた。 確かにその男は死んでいた。 自分の大事な家族を庇い、その代償として生命を失った。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求めうったえるわ!我が導きに、答えなさい!」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、 自らの使い魔を呼び出すためにサモン・サーヴァントを唱えた。 ドッグォバアァン!! そして起こる 大 爆 発 「ま~た爆発しやがったよ」 「流石はゼロのルイズだな…イテテ」 「おい大丈夫か?」 「ああ、ありがとう」 そんな中ルイズは…観ていた。自分が爆破した場所を。 そしてその本来なら起こらないはずの爆発の爆心地には……男が倒れていた。 それを見た周りのメイジたちは、 「何だ、あれは?」「人間か?」「あの格好は、どう見ても平民…」「ああ…平民だね、間違いなく」 等と動揺しながらもその男を見て、そして感想を言っている。 「あんた、誰?」 爆発騒ぎを起こしながらも周囲に謝ることなく倒れている男に話しかけるルイズ。 その声で男は目を覚ました。 男はあたりを見回してみる。 「ここは、何処なんだ?」 目の前にいた女(ルイズ)に質問する 「質問を質問でかえすなあーっ!!私が『あんた、誰?』と聞いているんだッ!」 その女の返答には奇妙な迫力があったが男はその程度でビビるような奴ではなかった。 「おれの名前は、虹村形兆だ」 だが答えた。 To Be Continued ↓↓
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「私は・・・・・・ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になりました」 窓の外の赤い月を見るアンリエッタの瞳の色は、悲嘆に染まっている。 それだけで、彼女がこの結婚に対してどう思っているかが、痛い程にルイズは理解できた。 「アルビオンの革命が原因なのですね」 「えぇ、彼ら革命軍―――レコン・キスタは、今にも王家を倒し、国を乗っ取る勢いです。 いいえ、もう、事実上は彼らが乗っ取っていると言っても良いでしょう。 何せ、王国軍はほぼ壊滅状態で、ニューカッスルの城に篭城する事でなんとか生き延びているらしいですから」 敗北は時間の問題。 そして、その時間は限りなく短い。 「レコン・キスタは、全ての王権の廃止を謳っている以上、我々にも牙を剥く事になります。 悲しい事に、その時、彼らの進攻を防げる力は我が国にありません。 ですから・・・・・・トリステインは、ゲルマニアと早急に同盟を結ばなければなりません。 ふふ、そのような悲しい眼をしないで、ルイズ。 王族として生まれた以上、好きな人と結婚とする事など疾に諦めています」 「・・・・・・姫様」 「私が自分の心を殺せば、幾万の民の命が救えると言うのならば、喜んで私は自分の思いに杖を向けましょう。 王の命は民の為にあるのですから」 儚げに微笑むアンリエッタに、胸を締め付けられるような感覚を覚えたルイズは、どうしても彼女に同情の気持ちを抱いてしまう。 他人から羨まれて仕方の無い王族と言う彼女の立場。 しかし、果たして其処に居る事は、今、目の前で幸せを捨て去るしかない少女が望んだモノだったのだろうか? 「トリステインとゲルマニアの同盟・・・・・・これが結ばれたとなると、レコン・キスタも容易に手出しを出来なくなるでしょう。 ですが、向こうの者達も、それが分かっているらしく、私とゲルマニアの皇帝との婚約破棄の為の材料を血眼になって探しているようなのです」 アンリエッタは言葉を区切り、ルイズの眼を真正面から見据えた。 「私を悩ます原因は、この婚約破棄の原因となりえる物がある事です」 「原因となりえる物・・・・・・?」 「えぇ。私が以前、アルビオン王家・・・・・・ウェールズ皇太子に宛てた手紙。 その手紙が、ゲルマニア皇室に届けられたなら、恐らく、同盟どころの話では無くなるでしょう」 ルイズは、男性としてとても魅力的な事で有名なウェールズ皇太子の名前とアンリエッタの言葉の端々に散りばめられた感情から、 その手紙とやらの内容が、恋文である事が予想できた。 なるほど、大方、遠距離恋愛の文通の中で、戯れに婚礼の言葉でも書いてしまったのだろう。 ブリミルの教えの中で、重婚は重い罪である。 明るみに出れば結婚どころでは無いと言ったのは、どうやら比喩では無いらしい。 アンリエッタは、自分の胸の内だけに秘めた事柄を発した事により、先程よりも幾分、顔から緊張が解けていた。 対して、ルイズの表情は固い。 次に、アンレエッタが言ってくる言葉が予想できた為にだ。 「ルイズ・・・・・・今日、貴方の部屋に訪れたのは、この事に関係しています。 率直に言うと、貴方にはアルビオンに赴き、ウェールズ皇太子の下から手紙を回収してきて貰いたいのです」 心苦しそうに眼を伏せるアンリエッタに、ルイズは、ほらキタと、心の中で盛大に溜め息を吐いた。 「フーケ討伐の噂は、私の耳にも届いています。 幾多のメイジが苦汁を舐めさせられたフーケを捕らえたと言う貴方を見込んで、頼みます、ルイズ」 たかだか『土』のトライアングルのメイジを捕らえただけの生徒に戦場に行って来いと言うのか、この姫様は。 ルイズは、そのあまりの常軌を逸脱した頼み事に、ただ呆れるしかなかった。 温室育ちだと思っていたが、ここまではとは。予想外にも程がある。 だが、幾ら予想外と言えど、友人の・・・・・・しかも国の最高権力者の娘である人の頼みを無碍に断るのは、貴族として如何なものか。 「一つ、聞きたい事があります」 これだけは聞いておかなければならない。 「敵の数は、如何ほどですか?」 「・・・・・・・・・・・・五万、と聞いています」 五万人もの有象無象の敵の中に、切り込む自分の姿をルイズは夢想して、そのあまりの実現の難しさに頭を抱えた。 (ホワイトスネイク、あんた、五万の人間に勝てると思う?) どの道、城に近づくには包囲しているレコン・キスタと事を構えなければならない。 ならば、せめてどのくらいの確立で勝てるかを己の使い魔に問い掛けたルイズであったが――― (勝利ヲ前提トシテ考エルトナルト、君ト私ノ力ヲ最大限活カシタトシテモ難シイダロウ。 ダガ、手紙ノ回収ダケヲ目的トシ、敵陣ノ突破ダケヲ考慮スルノナラバ・・・・・・マァ、ナントカハナルダロウ) (あんた、五万人をなんとか出来るって言うの?) ―――割りと出来そうなニュアンスの言葉を返してきたホワイトスネイクに、思わず聞き返してしまった。 (数ハ、私ニトッテ致命的ナ脅威トナルコトハ無イ) 自身ありげな態度の使い魔に、胡散臭そう、と言った感じの視線を向けてから、ルイズは、アンリエッタの海色の瞳を覗き込む。 淡い色合いをしているその瞳の奥は、友人を死地へと送る罪悪感からか、どんよりと曇っている。 「姫様」 「・・・・・・はい」 「微力ながら、ルイズ・フランソワーズは、全力を尽くして目的の物を回収し、姫様へ届ける事を、此処に誓います」 「―――ルイズ」 ありがとうと、口元を押さえ俯くアンリエッタを見ながら、ルイズは拳を握り締める。 少なくとも、自分を訪ね、迷いを打ち明けた“この少女”は友人だ。 友人であるならば、自分は全力をもって彼女の苦痛を和らげなければならない。 それが、友達と言う関係であるのだから。 「頼みましたよ。ルイズ。 それから、これは王家に伝わる水のルビーです。 お金に困った時には、どうぞ、これを売り払って旅の路銀にしてください」 頼み事が済んだアンリエッタは、自分の指から引き抜いた指輪を手渡すと、 ルイズに一礼をしてから部屋の扉を開け、出て行こうとしたが、どうしても足が動かない。 「姫様?」 怪訝な顔をしたルイズの声に、アンリエッタは、あぁ、と悲しげに呻いた後に、マントから丸められた羊皮紙を取り出した。 「国よりも我を通す私は、きっと王族になど生まれてきてはいけなかったのでしょう。 ですが・・・・・・それでも、私は・・・・・・」 今にも泣き出しそうなぐらいに悲痛な呟きを漏らし、手紙をルイズの手に確りと握らせてから、アンリエッタは言葉を続ける。 「自分の気持ちに嘘をつけない・・・・・・こんな王女を、誰も許してくれないのでしょうね」 懺悔にも似た響きを持つ音に、ルイズは何も言えなかった。 いや、空気を読める者ならば、この時、誰も何も言えなかっただろう。 「だ、だ、だ、誰が許さなくても、僕が許します、このギーシュ・ド・グラモンが許します!!」 空気の読めない馬鹿一名は、声高々に反応した。 ルイズもアンリエッタも、突然現れた人物に驚いて固まってしまう。 そんな二人の様子など、もはや眼にも入っていないのか、 先程からずっと部屋の壁に耳を当てて話を聞いていたギーシュは、やれ、悩みなんて即座に解決してみせますとか、 レコン・キスタなんて、僕のワルキューレでこてんぱんにしてやりますとか、 あからさまに己が領分を履き違えた台詞を言いまくっていた。 なんとかアンリエッタより早く再起動をしたルイズは、目障りな金髪少年を連れて行くように、自分の使い魔に目配せすると、 ホワイトスネイクは、ギーシュの首根っこを掴んで、ずかずかと何処かへ去っていった。 最初は、放したまえ、とか、気安く触れるな、とか、強気な声が聞こえていたが、何かを殴るような音が廊下響いた後は、 勘弁してください、とか、もう許して、とか、実に情けない声に摩り替わっていた。 「あ、あの、ルイズ?」 「すっぱりきっぱり、今の事は忘れてくださいませ、姫様」 笑顔でそう言うルイズに、アンリエッタはこくこくと頷くと、 そのままフラフラと部屋からルイズの部屋を出て行った。 その後ろ姿を、ルイズはぼんやりと眺めていたが、 ギーシュをフルボッコにしたホワイトスネイクが帰ってくると、廊下と自室を隔てる扉を閉めるのだった。 早朝と言うのは、どうして、こうも気が滅入るのか。 才人は、そんなことを考えながら溜め息を吐いた。 「何、ぼさっとしてんのよ。さっさと付いて来なさい」 勝気で、傲慢で、可愛らしいご主人様は、朝も早くから元気一杯らしく、 まだ寝ている才人を蹴りの一撃で文字通り叩き起こしてから、 有無を言わせずに、剣を握らせて自分の後を付いて来るように言い放ったのだ。 ルイズと才人のどたばたに目覚めて、あからさまな不快感を隠さずにルイズを無言で見つめていたシエスタに、 出掛けて来る事を一応言っておいたが、あの顔はまったくもって納得していない顔であった。 帰ってきたら、多分、修羅場なんだろうなぁ、とか才人が考えている内に ルイズは目的の場所に付いたのか、早足だった歩調を止めた。 そこは、寮の五階ある一室の前であった。 「タバサ、起きてる?」 こんこん、と軽くノックをしてから返事を待つルイズであったが、三秒後には扉を抉じ開ける。 「ちょっと、入るわよ~」 良いのかよ、とか才人は思ったが、意見を口に出したら返答は蹴りか裏拳なので、何も言わない。 と言うか、言えない。 「何、まだ寝てるの?」 ベッドの上、ルイズ達が入ってきた事も気付かず、すぅすぅと眠っているタバサは、 上等なピスクドールのように、生きている、と言う単語から掛け離れた可憐さを持っている。 密かに、起こさずにこのまま寝顔を鑑賞したいと変態チックな考えに浸っていた才人を尻目に、 ルイズはベッドの真横に立つと、そのまま軽くタバサの頭を小突いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・イタイ」 「起きたみたいね」 小突かれた頭を右手で押さえながら、タバサは恨めしそうに痛みの原因を作った人物を見たが、 そんな視線など気にもならないのか、ルイズはさっさと本題を口にする。 「あんたの使い魔。悪いけど、貸してくれない?」 あまりにもあまりな物言いに、流石のタバサも溜め息が口から出るのを止めることは出来なかった。 「アルビオン?」 「そう、急な用事でね」 自分の使い魔なのだから、どうして必要なのかを訊ねるタバサにぶっきらぼうに返答するルイズ。 その返答に、タバサは昨晩、彼女の部屋に王女が訪ねてきた事を思い出し、 恐らく国許からの頼まれた用事である事を看破したが、その内容までは流石の彼女も分からなかった。 「あんた相手に押し問答をする気も無いわ。 貸すの? 貸さないの? どっち?」 人にモノを頼んでいると言うのに高圧的な態度を崩さないルイズに、タバサは母国の勝気な従姉妹を思い出したが、 すぐに今の状況とは関係ないと彼女の顔を頭から追い出す。 「早く返事しなさいよ。こちとら竜が借りられないなら、馬で出発なんだから」 苛立たしさげに口調を荒げるルイズを宥めようと才人が、まぁまぁと声を掛けるが、返答の裏拳で沈黙する。 ふんっ、と鼻息荒く裏拳を放った拳をプラプラとさせて殴った痛みを散らせているルイズに、 タバサはベッドから立ち上がり、枕元に置いてある自分の身の丈程もある杖を手に取った。 「何のつもりよ?」 「使い魔は一心同体」 だから、と続きを紡ぐタバサは、大きな杖を確りと構え淡々とした声で告げる――― 「私も同行する」 ―――パジャマ姿で。 「・・・・・・どうかと思うわ」 本当に 緩やかとは掛け離れた風に身を委ねるタバサは、ルイズに注意された所為で、 パジャマでは無く学生の正装である制服姿となっている。 「うわっ! すげぇ! この竜すげぇ!!」 「五月蝿い!!」 背後の雑音に気を取られる事も無く、自分達を凄まじい勢いで運ぶ使い魔の首を撫でるタバサの顔は、睡眠不足の為か、幾分眠たそうであった。 「大丈夫、あんた?」 「問題無い」 普段通りの無愛想なタバサに、ルイズは、そう、と別段追求もせずに進行方向とは逆。 つまり、自分達が出発してきた学院の方へと視線を向ける。 「キュルケの奴・・・・・・どうしてるのかしらね?」 そういえば、あの赤毛の少女には何も言わずに出てきてしまった。 伝える義理が無いと言えば無いが、やはり友人に一言も無しに居なくなるのは、心苦しいものがある。 例え、それが伝えられないであろうものだとしてもだ。 「あんた、どう思う? キュルケが、今、何をしているかって」 ルイズの問い掛けに、タバサは暫く考え込むと、ルイズの方へと振り向き口を開く。 「怒っている」 「でしょうねぇ」 こりゃ、帰ったら大変ね、とルイズは頭を抱えるのだった。 ちなみに、同時刻。 もう出発したとも知らずに、ルイズ達を正門の前で待ち続けている、 髭を蓄えた凛々しい男が、何時まで経っても来ない彼女達に、ルイズと同じように頭を抱えているのは、 別にどうでも良い話だったりする。 第十一話 戻る 第十二話
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■ 第一章 ├ サブ・ゼロの使い魔-1 ├ サブ・ゼロの使い魔-2 ├ サブ・ゼロの使い魔-3 ├ サブ・ゼロの使い魔-4 ├ サブ・ゼロの使い魔-5 ├ サブ・ゼロの使い魔-6 ├ サブ・ゼロの使い魔-7 ├ サブ・ゼロの使い魔-8 ├ サブ・ゼロの使い魔-9 ├ サブ・ゼロの使い魔-10 ├ サブ・ゼロの使い魔-11 ├ サブ・ゼロの使い魔-12 ├ サブ・ゼロの使い魔-13 ├ サブ・ゼロの使い魔-14 ├ サブ・ゼロの使い魔-15 ├ サブ・ゼロの使い魔-16 ├ サブ・ゼロの使い魔-17 ├ サブ・ゼロの使い魔-18 ├ サブ・ゼロの使い魔-19 ├ サブ・ゼロの使い魔-20 ├ サブ・ゼロの使い魔-21 ├ サブ・ゼロの使い魔-22 └ サブ・ゼロの使い魔-23 ■ 第二章 傅く者と裏切る者 ├ サブ・ゼロの使い魔-24 ├ サブ・ゼロの使い魔-25 ├ サブ・ゼロの使い魔-26 ├ サブ・ゼロの使い魔-27 ├ サブ・ゼロの使い魔-28 ├ サブ・ゼロの使い魔-29 ├ サブ・ゼロの使い魔-30 ├ サブ・ゼロの使い魔-31 ├ サブ・ゼロの使い魔-32 ├ サブ・ゼロの使い魔-33 ├ サブ・ゼロの使い魔-34 ├ サブ・ゼロの使い魔-35 ├ サブ・ゼロの使い魔-36 ├ サブ・ゼロの使い魔-37 ├ サブ・ゼロの使い魔-38 ├ サブ・ゼロの使い魔-39 ├ サブ・ゼロの使い魔-40 ├ サブ・ゼロの使い魔-41 ├ サブ・ゼロの使い魔-42 └ サブ・ゼロの使い魔-43 ■ 間章 貴族、平民、そして使い魔 ├ サブ・ゼロの使い魔-44 ├ サブ・ゼロの使い魔-45 ├ サブ・ゼロの使い魔-46 └ サブ・ゼロの使い魔-47 ■ 第三章 その先にあるもの ├ サブ・ゼロの使い魔-48 ├ サブ・ゼロの使い魔-49 ├ サブ・ゼロの使い魔-50 └ サブ・ゼロの使い魔-51